40週+2~3日 出産 その瞬間はようやく訪れた。 | アメリカでの年子育児日記

アメリカでの年子育児日記

2009・2010年と年子を出産。
2011年4月にアメリカにやってきました。
子育てやアメリカ生活を綴っていきます。

朝9時から担当医による内診。
結果はなんと子宮口0.5cmしか開いておらず、

かつ子宮口の位置が非常に高く、無痛分娩できるか微妙との判断だった。

夜中、ずっと苦しんでわずか0.5cmという事実にがっくりした。


今の状態であれば自然分娩を進められたが

(この病院は週末は無痛(計画)分娩は行わないらしく、この日は

金曜日で分娩に時間がかかると判断されたため)、

こんな状態で何十時間もしくは数日耐えることはできないと思い、

先生に頼み込んで無痛分娩をしてもらえるようにした。


結局、無痛分娩をしてもらえることになった。


本来ならば、前日から子宮口に風船を入れ、子宮口を人工的に

4cmまで開かせ、そこから麻酔→無痛分娩に移るのだが、

私の場合、朝一の診察で無痛分娩実施になったため

午前中から風船を入れることになった。

麻酔なしのため、普通に痛かったが0.5cmから4cmまで開くまでに

4時間(昼の2時)だった。これはかなり順調だと言われた。


ようやく背中から麻酔を注射することになったが、

あまりに太りすぎてひとりで背中を丸めることができず

看護師さん2名で私の体を丸めてくれた。

麻酔して30分後、さっきまでの痛みが嘘のように何も感じなくなった。

このとき、無痛分娩にして本当によかったと思った。


ただ、ここからがつらかった。


無痛にしているが、2時間で麻酔が切れる。
徐々に痛みが出てきた段階で、麻酔を追加して打つのだが、

なぜか私の場合、麻酔してきき始めるのに30分くらいかかった。

だからさっきまで何も感じなかったのに、麻酔が切れる数十分はいきなり
激しい痛みが襲い掛かった。苦しかった。


そして、麻酔がかかっているものの、

そこから5時間(夜7時)で子宮口は6センチまでしか開かず、

時間だけ経過した。


その間、陣痛の痛さが大きくなったのか、完全に麻酔をしても

横っ腹や左太もも、お尻などが激しく痛み、耐えられなくなっていた。

前日の夕食からの陣痛からすでに24時間経過しており、

昨晩は一睡もしていなかったため体力も限界に近づいていた。


そんな折、先生からショックな言葉が。


「分娩に時間がかかり過ぎていて、麻酔が使える量が限界に

来ているから、このまま使い続ければ最後のいきみの時に

麻酔が切れ、きつい状態になるので、ここから子宮口が

全開(10cm)になるまで、麻酔を我慢しましょう。」


すでに体力の限界が来ていた私にとって、

どちらも受け入れることができなかったが先生の指示に従った。


そこからは辛すぎて、言葉にもならない状態だった。


麻酔が完全に切れると、いきなり大きなの痛みの波が

全身に打ち寄せてきて、耐えられなかった。


夫は立会い出産をするために、東京から駆けつけてくれており、

昼1時くらいから個室で母と待機してくれていたが

(私自身の意思で、子宮口全開になるまでは夫に甘えず、

頑張るためにも待機してもらっていた)、看護師さんの

勧めで分娩室に来てもらうことにした。


あまりの辛さに先生にすがる思いで、何とかならないかと相談

したところ、別の眠りを誘う麻酔を使おうと言うことになった。


これがまた良くなかった。せっかく夫が側に来てくれたのに、

陣痛が弱まったら一瞬で眠りに入り、

陣痛が始まったら痛みで目が覚め苦しむの繰り返し。

一瞬でも寝ているからいいじゃないかと

思うかもしれないが、逆で起きている間は常に苦しい状態。


実際体験した私から言うと地獄だった。


この麻酔をきってくれと眠りから陣痛に突入する間に何度も思った。
夫はいきなり看護師さんに呼ばれ分娩室に来たかと思うと、

私がすごい勢いで苦しんでいる姿に驚いたのではないかと思う。

(夫は口では言わないが、ひいたのではないかと思うが。)


何時間苦しんだかは覚えていないが、2~3時間ではないだろうか。
苦しんだおかげで、子宮口が9cmまで広がった。


ここからは最終段階で、残りの麻酔を使って出産まで

もっていくという。


一秒でも早く麻酔をかけてほしかった。

徐々に麻酔が効いていく中で、痛みが消えていったが
あまりの体力の消耗具合に話すことさえできなくなっていた。


その時点で夜23時。

いつ子宮口全開になったか分からなかったが、

先生不在、助産師さん2名指導によるいきみが始まった。

いきんでと言われるが、下半身が麻酔がかかっているため、

どこに力を入れていいか(はいっているか)分からない。


20分程度格闘すると頭がみえてきたようで先生が呼ばれ、

総勢5名で最終段階のいきみが始まった。


1人は私のお腹の上から押し、2人は横から、残りの先生と

ベテランの助産師さんで下からの吸引して、

ようやく我が子が誕生した。


誕生した瞬間先生が、赤ちゃんを見てと言われたが、

私の腹の上には看護師さんが乗っていたので、

赤ちゃんが隠れて見えなかった。


残念ながら臍の緒を切る瞬間も見逃した。


誕生後、すぐにカンガルーケア(1~2分)をしてくれ、

赤ちゃんの体を拭き体重・身長を測定するために

別室につれて行かれた。


ビデオカメラをまわしていた夫も息子についていってしまった。


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 誕生時間:5月16日(土)0時32分
 体重:2826グラム
 身長:49cm
 胸囲:31cm
 頭囲:34cm

 陣痛(病院に電話した時間)から出産までの時間:28時間32分
 
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分娩後最低2時間は分娩室で安静にする必要があるようで、

私たち夫婦が個室に戻ったのは朝方4時くらいだった。


部屋まではタンカーのようなもので運ばれた。

出血がひどく、1.5Lの出血をしたと看護師さんから言われ、

絶対安静だといわれた。


ベッドに寝ていても天井が回る感じで体力消耗にくわえ、

極度の貧血で座るのもやっとだった。


28時間何も食べていないため、部屋にはおにぎりが

病院からは用意してあったが、ほとんど食べることができなかった。


夫も疲れ果てたようで、消灯した直後、大いびきをかいていた。


私は、疲れているはずなのにあまりの興奮でか、

ほとんどその日も寝ることができなかった。