病気の告知は患者である夫が受けた。担当医の口からは膵臓癌、余命三ヶ月という容赦ないことばが出てきたという。雨上がりの病院の駐車場で、妻は夫からその事実を告げられた。三歳になる息子は水溜りで跳ねている雨蛙を無邪気に捕まえようとしている。生まれて半年になる娘はベビーカーの中で眠っていた。なす術はないという現実を突きつけられ、入院中の夫は妻子と共に自宅に帰った。医師がそれを止めることはなかった。
 翌日から代替治療を求め、闘いが始まった。標準治療で生命に数字を打たれた患者は、助かるとは言われなくとも、助からないとも言われない代替治療に希望の光を見出す。夫は入退院を繰り返しながら治療に通った。今を生きるために。
 それでも、病魔は着実に夫の身体を蝕んでいく。いよいよ状態が厳しくなり、最後の入院へと向かう夫を見送った帰り道、妻はその日が娘の初節句であることに気づく。せめて、ひな祭りのケーキを、彼女は夜の街をさまよった。遅すぎた。それが叶わないと悟った時、妻の目から涙が溢れた。自身の無力さが情けなかった。
 あれから二十年、娘が成人した今も、桃の節句にケーキを用意する母がいる。