那智に着いて
ありがとう☆彡さんと合流する前に

海を見ながら教えていただいた

歴史的事件の話があります。

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(台風の後の美しい南紀の海)

むかしむかし

明治23年のこと

この串本の大島樫野崎で
トルコの軍艦が遭難し500名以上の犠牲者をだしたそうです。

遭難して海に放り出されたトルコ人
600名以上、暗い夜の海に。

知らせを聞いた樫野の村民達は
総出で救出作業をしたそうです。

まだ電気もガスも
通じてなかった時代。

真っ暗な海

言葉の通じない相手

冷たい9月の海

救援の様子を想像するだけでも
胸が苦しくなります。



食べる物もけして豊かではない村民達は

保護した人たちに
お正月用に蓄えてあった食物をわけて
助けたという話です。

69名の方が助かったということです。


この事件をきっかけで
トルコと日本の友好関係になり

のちにはこんな事が…

昭和60年
イランイラク戦争のときに
サダムフセインによる
イランへの無差別攻撃宣言がありました。

さし迫る時間、
各国の国民が救助される中

日本は自衛隊の海外派遣不可の原則のために、
航空自衛隊機による救援が出来ませんでした。

在イラン邦人は
メヘラーバード国際空港の出発ロビーで、
誰にも助けて貰えない
危機的状況に陥ったのです叫び

この危機を救ってくださったのがトルコ!クローバー


なんと
自国民救援のための最終便を
2機に増やしてくれたので、

215名の日本人はこれに分乗し、
期限ぎりぎりで危機を脱することができ、

全員、
トルコ経由で無事に帰国できたのだそうです。

さらにトルコは、
自国民は陸路での脱出をはかり
飛行機は優先して日本人の救出をはかり。
救援機に乗れなかった
トルコ人約500名は、
陸路自動車でイランを脱出した
ということです虹



あのエルトゥールル号遭難事件の恩返しなんですね。

何かスゴイ話じゃないですか?

美しい海を見ながら

あの大島にはトルコ人の慰霊碑が
あるんだよ…

とお話を教えてくださった須賀さん

ありがとうございます。


日本人に産まれたことを
本当に誇りに思えますコスモス

忘れてはいけない大切な心ドキドキ



さあ、この後白浜駅で
ありがとう☆彡さんと合流♪

駅のホームですぐに向こう側のありがとう☆彡さんを発見。

人混みの中で知人を見つけるの
ちょっと得意なんですよね~

ってか、人混みではありませんでしたけどね(笑)

ありがとう☆彡さんは、すぐにわかります。

どうしてって?

(≧∇≦)うふ♪

さあ
熊野さんお詣りしましょー

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あ、そういえば昨日の朝
いつもの近所の神社さんで

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こんなの発見

いるんだぁ*\(^o^)/*

丸坊主にされてさみしかった木々にも
葉っぱが茂って来たなぁと思って

ふっと見たらありました。


苦手な人、ごめんなさいm(_ _)m

はぴはぴはっぴー♪

ありがとうございますにひひ













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