さあさあ
次はここまで来たからには行かなきゃ!って
ここ~!
けっこう奥に奥に車を走らせた気がします。
でも川沿いのクネクネカーブの道は
ミッションのスイフト君のお得意コース!
楽しく走らせていただきました(≧∇≦)
で、この大きな鳥居!
すご~い♪
幅42メートル 高さ34メートル!
どれぐらい大きいかって言うと
近くに行くと見失うぐらい?!です。
わかりにくい?(笑)
(でも、本当に見失ったのよ下歩いてて)
人が豆粒みたいでしょ
スケールが違うかんじ…
神が舞い降りたという大斎原。
近年はパワースポットとして多くの人が訪れています。
熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました。
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。
江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。
音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。
ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。
かつて多くの人々の祈りを受け止めた大斎原には、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。
大斎原は、現在の熊野本宮大社から500mほど離れています。熊野本宮大社から道路を隔てて、大鳥居(高さ約34m、幅約42m)が見えます。その背後のこんもりとした森が大斎原です。熊野本宮大社から徒歩10分ほどなので、ぜひ訪れてみてください。
また、大斎原は桜の名所としても知られ、鮮やかな春の色に彩られた姿も見ものとなっています。
http://www.hongu.jp/kumanokodo/hongu-taisya/ooyunohara/より
天気も良くて気持ち青空がすか~んと広がって
神様もそら降りたでしょうって感じ?!(笑)
写真はダメとあったので
ひたすら空気を吸うのに集中(笑)
あー始まる仕事!!(T . T)
ではまた後で
はぴはぴはっぴー
ありがとうごさいます
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次はここまで来たからには行かなきゃ!って

ここ~!

けっこう奥に奥に車を走らせた気がします。
でも川沿いのクネクネカーブの道は
ミッションのスイフト君のお得意コース!
楽しく走らせていただきました(≧∇≦)
で、この大きな鳥居!
すご~い♪
幅42メートル 高さ34メートル!
どれぐらい大きいかって言うと
近くに行くと見失うぐらい?!です。
わかりにくい?(笑)
(でも、本当に見失ったのよ下歩いてて)
人が豆粒みたいでしょ
スケールが違うかんじ…
神が舞い降りたという大斎原。
近年はパワースポットとして多くの人が訪れています。
熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました。
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。
江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。
音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。
ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。
かつて多くの人々の祈りを受け止めた大斎原には、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。
大斎原は、現在の熊野本宮大社から500mほど離れています。熊野本宮大社から道路を隔てて、大鳥居(高さ約34m、幅約42m)が見えます。その背後のこんもりとした森が大斎原です。熊野本宮大社から徒歩10分ほどなので、ぜひ訪れてみてください。
また、大斎原は桜の名所としても知られ、鮮やかな春の色に彩られた姿も見ものとなっています。
http://www.hongu.jp/kumanokodo/hongu-taisya/ooyunohara/より
天気も良くて気持ち青空がすか~んと広がって
神様もそら降りたでしょうって感じ?!(笑)
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ひたすら空気を吸うのに集中(笑)
あー始まる仕事!!(T . T)
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