「ことばというものは、じぶんにも向かっている」


糸井重里さんが、昨日の「ほぼ日刊イトイ新聞」に書いていました。




以下抜粋






じぶんが毎日のように書いている文章、

 


あるいは他の人たちに向けているつもりで発している

 


数々のことば、


 それって、なんとなくじぶんに言ってるような


 気がしていたんです。



・・・・・・






ことばには「ことだま」が宿ってるとかも、 よく言われることだし、


とにかく、じぶんの発言やじぶんの書く文章の、

 


いちばん近くにある耳も目もじぶんのものだし、

 


ことばの届けたい対象の中には、


 実感としてじぶんがいると思ってはいました。


 で、今日思ったのです。


 ことばは矢のように発せられるのではなく、


 花火のように「球状」に破裂しているのだ、と。

 


『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』



 というタイトルの映画がありましたが、


 打ち上げ花火は球状に爆発するので、


 上でも下でも斜めでも、すべての視線から丸く見えます。


 つまり、ことばという花火を球状に破裂させた本人は、

 


当然のように、その音を聞きその光を浴びるわけです。


 「バカ」「クソッタレ」「ありがとう」「ごめんね」…。


 すべて、発言者にも響く花火です。

 


その花火の発する光で、言ったものの顔が照らされます。

 


今日、ぼくは、このような文章を書きましたが、


 あらためて、これをじぶん自身に言っていることが


 そう思って読んだらよくわかります










上手にわかりやすく書かれてるなぁ




なるほどなぁ




と思ったわけです。






人を批判しないで見るのは難しいです。




苦手で好きじゃない人います。




でも、最近よく思うんです。




これって私なのねって・・・




見せられているのは私の姿なのねって






言葉だけじゃなく




想いも同じことが言えるんですね。










昨日の朝




事務所で前髪切りました(笑)




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はい、またオンザ眉毛[みんな:01]





では、本日もはぴはぴはっぴーで








ありがとうございます!

[みんな:02]