殺し屋ばかり同乗している盛岡行きの東北新幹線内でのお話。

マリアビートル/伊坂 幸太郎

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その中に出てくる邪悪でいけ好かない中学生、王子。コイツの世の中をなめ腐ったセリフというか、思考が腹立たしいことこの上ないんだけど、かなり物事の核心をビシッとついてたりする。

例えば、

「・・・『アトミック・カフェ』って映画があるでしょ。(中略)核爆発を起こした後で、兵士がそこに歩いて攻めていく、って練習だよ。事前の説明で、兵士たちの前で、リーダーみたいなのが黒板に書きながら、言うんだ。『注意するのは三つだけ。爆発と熱と放射能だ』って。で、『この中で目新しいのは放射能だが、これが一番どうでもいいものだ』って教えてる」(中略)

「ようするにさ、人というのは、何か説明があれば、それを信じようとするし、偉い人間が自信満々に、『心配はいらない』と言えば、ある程度は納得しちゃうってことだよ。そして、偉い人は、本当のことを全部話すつもりはない。・・・」


この作品は原発事故の前に書かれたのに、まるで今の日本の状況を察しているかのような話。
すっかり有名になった「直ちに人体には影響のないレベル(の放射線量)」ってヤツをほうふつとさせる。


続いて、王子はこんなことも言う
「大事なのは、『信じさせる側』に自分が回ることなんだ」

「それに、国を動かしているのは政治家じゃないよ。政治家以外の力、官僚や企業の代表とかね、そういう人たちの思惑が社会を動かしてるんだ。ただ、そういう人たちはテレビに出てこない。普通の人たちは、テレビや新聞に出てくる政治家の顔や態度しか目にしない。後ろにいる人たちにとっては都合がいいんだ」

「みんな、『官僚が悪い』って思っても、具体的にその官僚が分からないから、不満や怒りをぶつけることができないんだ。顔の見えない、言葉でしかない。それに比べて政治家は目に見える。だから、官僚はそれを利用するんだ。攻撃を受けるのは、前に立つ政治家で、自分たちは後ろにいる。邪魔な政治家がいれば、その人に不利な情報をこっそりマスコミに流すことだってできる」


中学生らしからぬ発言・・・とアタクシは思ってしまうのだが、そういう大人の心の動きを察知して、さらにたたみかけてくるのがこの王子の可愛くないところんだよねぇ。

でも実際、今の首相が何を言っても世の中が変わる気がしないし、(官僚が動いたせいかどうかは不明だけど)彼らにとって都合の悪い政治家(←ということは、国民にとって何かやってくれそうな政治家)はことどとくつまらないスクープによってつぶされているような気がしないでもない。
これだから政権が代わっても結局、世の中何も変わっちゃいないじゃないか~って諦めにも似た気持ちになる。

だから菅さんがいくら「再生可能エネルギーを20%にします」と言ったところで、何も変わらないわけで、企業や官僚が「これ以上原発にしがみついていても甘い汁は吸えないな」と悟らないかぎり、実現は不可能だとアタクシは思う。


伊坂幸太郎の作品には、物騒な殺し屋とか残虐なシーンとかが出てくるけれど、一番恐ろしいのは何か?ということを訴えかけているものも多い。
それに無力(に近い)市民が立ち向かおうと奔走する様と、個性の強い脇役たちの含蓄のある会話が魅力的であります。


マリアビートルに出てくる人物でアタクシが好きなのは機関車トーマス好きでお茶目な檸檬。と、その相棒で文学青年風の蜜柑
と言っても、ガタイのいい屈強な殺し屋なのだがå
この二人の番外編を読みたいくらい。


まぁ次から次へと人が死ぬ話だけど、木村老人が王子に放った言葉はとてもカッコいい。

「おまえはどうせ、老いぼれで、未来がないくせに、と思っているだろうな」(中略)

「六十年、死なずにこうやって生きてきたことはな、すげえことなんだよ。分かるか?おまえはたかだか十四年か十五年だろうが。あと五十年、生きていられる自信があるか?口では何とでも言えるがな、実際に、五十年、病気にも事故にも事件にもやられずにな、生き延びられるかどうかはやってみないと分からなねえんだ・・・」

アタクシ的にはこのセリフだけでスカッとします。その後、王子がどんなことになろうともQueenly
人は誰でも「ここまで生きてこられた」という事実が尊いことで、お年寄りはこんなに長い年月死なずに無事であったのだから最高に素晴らしいことだよねーと改めて思ったのでした。

その他にも「なぜ人を殺してはいけないか?」という王子の問いに対するナルホド回答も出てきます。

この作品を読む前に登場人物がカブっている『グラスホッパー』をもう一度読んでおくべきだったな。

グラスホッパー (角川文庫)/伊坂 幸太郎
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