親が築き歩んできた道を飛び越えていいんです。 | masasi kisino

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ラーメン専門店の経営15年
今も現役のラーメン店オーナーが語る
独立開業と継続の手懸り

経験の中の成功例から大失態まで
プライベートな日常も綴るブログ

日本中の飲食店に笑顔があふれますように

 

こんにちは、

 

2代目という立場でありながらも、

自ら独立し経営者の道を歩ませていただいている者。

 

 

〓 2代目から創業者へ 〓 KISINO MASASI です。

 

 

父は根っからのラーメン屋の職人。

 

そして、父と母が現在も経営している店「らーめん専科東松山店」で

 

14年という年月を過ごし、たくさんの教えを学び

 

自分の店「らーめん紅釜」を立ち上げ、法人として活動してます。

 

 

 

父と母が経営をしている「らーめん専科」は

フランチャイズの形態店ですが

 

私が学んだのは、そのフランチャイズのシステムではなく

これまでの生き様と言えます。

 

 

独立してみて初めてわかること。

 

それは、父と母という存在に守られ

 

父と母の経営する「店」という箱に守られて生きていたこと。

 

 

何かを成し遂げようと考えたときには

 

自らがリスクを負い、

そのリスクを感じながら、

 

そのリスクにメンタル面で屈することなく

 

自分を奮いたたせ

 

自分で、自分のモチベーションを保たなくてはならないということ。

 

経営者として

起業家として

 

当たり前のことですが…

 

 

父母の存在とは、とてもありがたい存在だったのだと気づきます。

 

だって、自ら考えて動かなくてもケツ叩いてくれて

そのレールに乗って動くだけで良く、事が進んでいったのですから。

 

超~~楽チンですよね。

 

 

そんな甘ったれた環境に戻るつもりも

ありませんけどねぇ~(笑

 

 

父が歩んできた道。

 

その昔話を本人から幾つか聞いたのをザックリと振り返ると

 

①どこだかの飲食店で店長してみて

②その後、自分で車を改造し屋台を引っ張ることになり

③その3年後に街中の映画館に隣接した居抜きの店舗を経営することになり

④さらにその3年後に郊外型45席規模の独立店舗を構え

⑤さらにその3年の間で有限会社を設立し

⑤その3年後には、さらなる改装により、今の店舗デザインと商品システムの構築した

 

このようなザックリとした流れで会社として店を大きくしてきた。

 

そして、今も現役でラーメンを作ってるすごい方なのです。

 

 

そんな、凄腕の父に生き様を教わり

「らーめん紅釜」を立ち上げ

30席の店舗規模から独立開業を果たすことができました。

 

あれっ?

 

私のスタートって…

 

父の通ってきた②と③がない…

 

そうなんです。

 

様々な苦労話や父の歩んできた成功体験を聞き

 

身近なところでリアルに起きている現状を感じ

 

私が決めた道は④からスタートを切ることだったのです。

 

 

 

この④からスタートを切る土台として

 

父と話し

 

父が経験し得たことを教わり

 

父の苦い経験談が知ることができたからこそ

 

④からスタートが叶ったわけです。

 

 

 

そんな私が最近、息子と仕事をするようになりました。

 

 

その知識や技術を階段飛ばし的にステップして

 

その親よりも高い位置からスタートを切れることは幸せなこと

 

より優位な位置からスタートできるからこそ

 

世に出た我が子が、その世界でより高い次元で頑張れることは

 

サイコーに幸せなことです。

 

 

 

跡を継ぐだけの選択肢ではなく

 

自らの手と足で

 

大きく羽ばたいてほしいと心の底から想います。

 

頑張れ!

 

 

 

そのために、私が残せるものは何か。

 

一生懸命、私自身も勉強し続けなくてはなりません。

 

良い刺激を頂いています。

 

 

こんな素晴らしい環境に居られる自分がありがたい。

 

こんな素晴らしい環境を整えてくれた鬼嫁に感謝。

 こんな素晴らしい環境に協力してくれる息子と娘に感謝。

こんな素晴らしい環境の礎をくれた両親と兄弟に感謝。

 

こんな素晴らしい環境に協力をしてくれる身近な皆様に感謝。

 

こんなに素晴らしい環境に気づかせてくれるお客様や関係者の皆様に感謝。