昨日行ったところ、浦添よーどれ、この名前はいったい、なんのことでしょう。
あの歴史のクラスを受けて、沖縄の色々な話を聞いてきた。
面白い、と思ったことはメモしてきたのだ。
分かる範囲で、ひらがなで書いて、今度ここを見に行ってみようと。
歴史のクラス受けるといいね。
子どものころは、歴史っていうと、試験の勉強と思って聞いていたけど、
今は違う。歴史の話が面白いと感じる。
最近は、グーグルさんのおかげで、よーどれ、って言っても
グーグルがちゃんと認識してくれて、間違いなく、そこに行ける。
一瞬で分かるよね。スゴイよね。こんなこと、ちょっと前だったら出来なかったんだけどね。
10年前だったら、どうかな、と思う。
こういうとき、一緒に行く人が非常に重要だ。
誰と一緒にいくか。それがさー、いつものことだけど、ちょうど一緒に行くとちょうどいい人と、
予定が入るんだよ。
ちょうどいいタイミングにちょうどいい人が空いてるってわけよ。
こういうのは、もうずっとそうなので、天に任せる。
他の人とは、一緒に行く気にならないとか、ということもあるので、気分に任せる。
こうして、選んだ人は、ちょうどぴったりの人で
道もちゃんとよく知っていたし、地元の人で、
さらに、地元なんだけど、ここには行ったことがなかったと言って
喜んでくれた。
この人もここに何か縁があるんだと思う。
道に迷わずについた。
そして受付の人がとても親切で。
どこから来たんですか、と聞かれたから
あー、その質問、今聞かれると、ほらなんかさ、ウイルスのこと連想させるよね。でも私たちは地元から来てまーすって、感じでさ、笑って話して。
そしたら、そのまま、その館内を自然と案内してくれた。
沖縄の人って、親切だよ~ こっちからお願いしてもいないのに、誰かついてきちゃって、聞いてもいないのに、教えてくれるの。
これはねー、〇〇〇〇・・とか始まってね、ずっと喋ってる。
質問なんかしたら、大変なことに・・・1つ質問すると、そこから話が始まってねえ、5分はかかるね。おじさん、ずっと喋ってるよ。
おしゃべり好きなんだよね。
私はね、ほら、数週間前にこのブログに書いたけどね
沖縄には、チベット仏教の、お経がかかれたものがあると聞いて
それは、どこにあるんですかって聞いたら、浦添ようどれ、にある、と言われたので
浦添よーどれーってなんじゃ? と思ったけど
他の人たちは、平然としているので、そういうところがあるのかあと思って、そのまま、ひらがなでメモしてきたんだ。
チベットのお経があるって。
それも、日本の他のところにはないけど、ここにだけある、
チベットのものが入ってくるなんて、不思議だけど。。。。という話だった。
私はそのお経に興味があってね。
今、私もちょうどチベットのお経を唱えながら、空中から薬を出すというのをやってみようと、修行と呼ぶかどうかは兎も角
やってみてるところだからね。
ちょうどそんな時に、歴史の先生がその話をしたので、見に行ってみようと。チベットに行く代わりじゃないけど、どんなものがあるかなという、興味が湧いたのでね。
よーどれーの館内は、小さくて狭くて、エジプトのピラミッドの中みたいなお部屋が1つあってね
その中に入ったら
それらしいものがあったので、おじさんに、この中に、チベット仏教のお経があるんですか、と聞いたらさ
これですよ、と教えてくれた。
あー、ここで聞いてよかった。
見落としてしまうくらいの、さりげないものだった。
これを目当てに来る人なんて、いないんじゃないか、
っていうくらい、さりげないもので、サインも出ていないし。
知らずに来たらそのまま素通りしてしまうようなものだった。
もっと、大きな看板に、チベット仏教のお経、って書いてあるかと思った。
それは、お墓の中の、骨が入っている置物の蓋の一番上のところで
文字が刻まれていた。
これは何と書いてあるんですかと聞いてみたら
おんまじはやい~
って言われた。
これを唱えると、観音様が出てきてくれて、願い事を叶えてくれる、という。
すごい。これだー。
発見しました!
チベット仏教ですか、と聞いたら
これは、ラマ教の真言です、と言われた。
この辺は私の知識が曖昧なので、こういう会話になっている。
それでも、これが私の目当てのものに違いない。
私たちは、このおじさんが、別の部屋に行ってから
このお経の部分を触って、おんまじはやい~と唱えて
観音様にお願い事をした。
それから、この蓋を回すことは出来なさそうだったから
自分たちで、この周りを回った。
そして、せっかく聞いた真言なので、メモしておいたよ。
この、お棺は、土台のところはエジプトのピラミッドの中にあるものと造りが同じと言っていた。さらに、色々と絵が描かれていて、これも、日本の文化や、中国の文化や、世の中の、ありとあらゆる、良いと言われるもの、お守りになるものが、全てここに載せてある、みたいな話だった。
これが、チャンプルーの文化ですよ、と。
沖縄のちゃんぷるーの文化は、何でも混ぜる。
だから、チベットもここに入ってきているんだ、と言っていた。
面白い。ホントに、何でも描いてあったよ。
観音菩薩とかね、お地蔵様とかね、動物もあったし、龍もあった。鶴と亀とかね。
それでね。
入り口の方に戻ったら
参考になる本を見せてくれた。
そこには、このお棺の説明が書いてあって
チベットのラマ教の真言も、書いてあった。
これを、おんまじはやい~と読むのか。。。
なんか最後のあたりの、発音が、沖縄の人の発音になってる気がする。
そのイントネーション、沖縄語、ですよね、って感じ。
後で分かったけど
漢字をよくよく見ていたら、この真言は、私のいつも唱えているあの呪文と一緒だ。
こうして、伝わってくる間に、言葉が変わってくるんだ。
さあどうしようか、と思ったけど
沖縄にいるときはこの発音もいいんじゃないかなと思った。
なんか、面白いじゃん。おんまじはやい~ だよ。
まじ、はやい? ってところが面白いよ。
オジサン達は、親切にこの本を見せてくれて
私たちは、スマホで写してきた。
それから、古いお墓の方に行ってきましたよ。
この辺まで実は、ここがどういう場所なのか、知らずに訪問してる。
なんだか知らないけど、来ました、って感じ。
外に出てみたら、やっとわかった。
ここは、お墓なんだ。いわゆる、古墳みたいな感じ。
そして、中までは入れないけど、あの中には
棺が置かれていて、そのお棺の姿を再現したものを、あの展示室に作っていたんだ。
実は、この再現したお棺を見ているときに
あの真言を見ているときに
手のひらの中心が、熱くなってきた。
つまり、何かのエネルギーを感じた。
なんか、来てる、と思った。
外の、お墓のところまで、先ほどのおじさんがまた案内してくれた。
色々と教えてくれて、ここが、冬至のときにちょうど太陽がここを通るんですよ、という門だとか
戦争の時にここが、壊れてしまったんですよとか
この草は、なんとかという名前で。。。
シーサーが1体いますけど、こっち側にはいないんですよとか
こっちのお墓は、〇〇王で、こっちが〇〇王ですよ、とか
そう。私は、あの館内でもらった資料を
写真を撮ったときにそこに置いたまま、忘れてしまったのだ。
だから、記憶で書いていると、こんな〇〇の話になってしまうのだ。
それでね。広い庭もあって、何も置いていなくて
大きな木があったりね
まあ、自然と、広い土地で
のーんびりしながら。
いわゆる観光客みたいな感じの人たちいないから
ゆったりと出来る~ みたいな感じで。
きっと、ここは、観光客がいても、こんな感じなんだと思う。
その辺を見て写真とったりして、ぷらぷらしていたら
今度は、別のおじさんが近くに来ていて、話しかけてきた。
どうも地元の人みたいだ。
ここで、食用の草を、採集しているみたいで。
何を取っているんですか、と聞いてみたら
袋の中の草を見せてくれた。
子どものころからこれを食べていて、時々食べたくなる、と言っていた。
薬のようなもの、でもあるらしい。
1つ質問すると、5分くらい話が続く・・・
沖縄の人は、話好きだ・・・・
このおじいさんを見ながら思った。
よくある話で、こういうオジイサンというのは、まぼろしで
仙人だったりとか
不思議なおじいさんとか。
そーんなことを考えながら、オジイサンを見ていた。
後になって思ったのが
私が薬を出す話。どこから、薬を出すのかよく分からないけど
こうやって、草でも薬になるというのだから
自然の中から、薬が出てきますよということを表現しているみたいだ、と思った。
だからね。おじいさんも、まぼろしかなー、って。
それでね。
お墓は、その当時の王様のお墓なのね。
もう一度、資料館に戻ってきたらね、今度は説明用のビデオを見せてくれた。
ほんと、親切だねー。
ところで、ここの入館料が、100円なんだよ。
百円~~~
私もね、東京にいたときにね、たまには、公園なんかに行ってみようかなと、芝生のあるような公園に、行ったこともあるけどね
バドミントンとか、ブーメランとかで遊ぶ若者たちの中で、ベンチに座ってみるとかね、森林浴とかね、色々とその当時は思ったけどね。
こういうお墓の周りにある芝生の広場は、とっても贅沢な空間だよ。
ほとんど、だれもいない。
私はここにきて良かったなー
それで、館内でビデオ見せてもらってから
さー、帰りましょうと思って立ち上がったら
今度はね、壁に貼ってあるものを見せてくれて、説明してくれたのだよ。
1つ質問すると、5分かかるからね、覚悟して質問するんだけどね。
この場所は、浦添のようどれというお墓なんだけど、近くに浦添のお城があるんだよ。
知らなかった。私の友達も、地元の人だけど知らなかったという。
ここはね。首里の王様の時代よりも、もっと前の王様の場所だったんだ。
それで分かった。私は何か縁があって、この場所から呼ばれてきたんだと思った。
ここの王様から呼ばれたんだろうなあ。
それも、首里の王様じゃなくて、その前の時代の王様だ。
だからかな、首里のあたりに行くときには、なんか違和感というか
なんか、たどり着けないような、変な感覚があって
琉球の土地に入ってきて、どうしてここの土地から呼ばれてきたような感じがあるのに、首里に近づきにくい感覚がするのはナンダロウと、ずっと思っていたけど、これでなんか理由が分かった。
こっちだ。
こっちの王様が呼んでくれたんだ。
ああ、確かに、浦添にくると、ほっとするというか落ち着く。
ここの方が、首里の方よりもずっといい。気分がいい。
そのころから、チベットとか、エジプトとか、
外国の文化との交流もあったんだろうなあ。
中国との付き合いもあっただろうし
チベットの真言まで書かれているなんて。
中国の風水も入っていたんだろうなあ。
当時の王様のころから、そういう文化があったんだろうなあ。
そーんなことに気が付いたんだ。それで、あーあの歴史のクラスを受けて分かったよ。受けて良かった。これが分かったからね。
なーんか、つじつまが合いました。
あのラマ教の真言は、そんなにみんなには知られていないだろうね。
でも、そのころの王様のころにそれがあったんだ。
なんだか、この真言のパワーが効き目がありそうだよね。
当時の琉球の王様の棺に書かれていた真言だよ。
それを見せてくれるために、王様がここに呼んでくれたんだ。