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仙台の弁護士 伊藤薫徳(いとうまさのり)のブログ

仙台で弁護士を開業している伊藤薫德のブログです。
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クリリン 前回は、不倫する従業員を懲戒処分に処することができるかという問題について説明しました。

判断枠組みは、①従業員の地位、②職務内容、③交際の態様、④会社の規模、業態、⑤会社の信用への影響の有無、⑥会社が被った損害を総合考慮し、会社の業務への影響が看過できないかどうかということです。


コアラ 会社の業務への具体的な影響が具体的じゃないとダメなんだよな。


クリリン そうです。

一つ目の判例は、大阪地裁平成2年8月10日、池田高校事件です。

この事件は、公立高校であるY高校の教職員であるXさんが、同高校の生徒であるZさんと在学中に交際し、卒業直後に肉体関係をもったことに対して、Y高校がXさんを懲戒免職処分とした事案です。


コアラ Xさんは不倫だったのかい?


クリリン はい、Xさんには奥さんと2人のお子さんがいました。


コアラ けしからんな。

交際はどんな態様だったんだ?


クリリン 在学中は、昼休み等に教室、廊下、校内の食堂、ベンチ等において親しく話し合ったり、放課後、Xさんの運転するオートバイの後部座席にZさんを乗せて、大阪市北区梅田方面まで送るなどしたことが数回あったり、二人で喫茶店に入ったり、互いの家を訪問しあったりしていたようです。

授業時間中に肩を組んで校外を歩いたり、Xさんは他の教諭の授業中にZさんを約1時間連れ出したりもしていました。

そして、Zさんが卒業した後は、交際がより親密になり、Zさんの母親がXさんに交際をやめるよう申し入れたり、Y高校もXさんに交際をやめるよう求めました。

しかし、Xさんはプライベートな問題であることを主張し、交際をやめませんでした。


コアラ それだけのことをしていれば、保護者の間でも問題視されるだろうな。


クリリン はい。

2人の関係をめぐる噂は、在校生や同僚のみならず、保護者・同窓生・地域住民等の間でも広がっていたようです。

裁判所は、Xさんが「妻子ある高校教師でありながら教え子であった女子生徒とその在学中から親密な交際を始め、卒業後間もなく肉体関係をもつに至り、池田高校の生徒、保護者及び地域住民に動揺を与えたのである。

そうすると、原告は社会生活上の倫理はもとより教員に要求される高度の倫理に反し、教員に対する社会の期待と信頼を著しく裏切ったものであり、池田高校の生徒をはじめ保護者及び地域住民に与えた不信感は容易に払拭しがたいといわざるをえない」と述べた上で、「懲戒事由に該当する原告の行為の性質、態様、影響、右行為の前後における原告の態度などを考慮すると、被告が、所管に属する大阪府下の府立高等学校の教諭の任免等を管理執行する立場においてなした本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものと認めることはできない」として、懲戒免職処分を有効と判断しました。


コアラ いくら恋愛の自由といっても、教員と教え子の関係は非難されても仕方ないよな。


クリリン そうですね。

同僚であれば結論はまた別だったでしょう。


コアラ ちなみに、この事件は、不倫や学校に与えた影響について、証拠がきちんとあったんだな。


クリリン そうですね。

Xさんは肉体関係を否定していましたが、Y高校が関係者に対して行った聞き取り調査の結果が証拠として非常に重要な意味を持ちました。

では、次にいきます。

2つ目の裁判例は、名古屋地裁昭和56年7月10日、豊橋総合自動車学校懲戒解雇事件です。

この事件は、自動車教習所を営むT社の従業員で送迎バスのドライバーをしているSさんが、教習生のRさんと不貞関係になったことから、T社はSさんを懲戒解雇したことに対して、懲戒解雇の有効性が争われました。

なお、T社は、Sさんの不貞行為の他に、Sさんの経歴詐称も併せて懲戒事由としています。


コアラ 今度は自動車学校か。

未成年者が通う高校とはまた別の問題がありそうだな。


クリリン はい。

結論から申し上げれば、懲戒解雇は無効とされました。

詳細を見ていきましょう。

Sさんは、自動車教習所の送迎バス運転手として、Rさんを送迎するうちにRさんと仲良くなり、Rさんから誘われて喫茶店でコーヒーをごちそうされたり、電話をするようになり、Rさんが教習所卒業後、Rさんの自宅に招かれ、Rさんのお子さんを交えて団らんするなど交際を深め、不倫関係になりました。


コアラ ダブル不倫だったのか?


クリリン いいえ、Tさんは旦那さんと死別していました。

SさんがRさんの自宅に通っていることがRさんの住む団地の近所の人たちの噂になり、Rさんの親戚であるQさんはRさんを心配し、知り合いを通じてT社に相談しました。

T社はSさんから聞き取り調査を行った上で、就業規則に基づいてSさんを懲戒解雇処分としました。


コアラ T社が被った損害はどういうものだったんだ?


クリリン T社は、自社の従業員が女性教習生とトラブルになることを予防策を実施し、問題が発生しないよう従業員教育をしてきました。

それにもかかわらず教習生と関係をもったことは、T社にとっては裏切り行為であり、T社の社内秩序への影響は大きかったでしょうね。

また、本件が団地住民の噂になってからの3か月間、入校者は前年比で4人減となりました。

裁判所はこの減少のすべてがSさんの不倫を原因とするものとは言えないが、うち数人が入校を断念したと推定しています。


コアラ 実質的な損害があったわけだな。


クリリン 裁判所は、SさんとRさんの交際期間中、Rさんが教習生として自動車学校に通っていた期間の交際については、業務関連性があり、企業内の行為であると認定した上で、「指定自動車学校の既婚従業員と在籍中の女性教習生が親密な関係になることは、それ自体が不道徳的行為として非難される虞があるばかりかその従業員が地位を利用して女性教習生に交際を強要したのではないか、又は女性教習生が免許取得の便宜のため従業員にとり入つているのではないか、その結果教習課程で得られる法的特典たる仮免許検定、実技卒業検定等の試験の公正が損われるのではないか等他の教習生にあらぬ波紋と疑惑を生じさせ」るものであり、これによりT社の「職場規律、ないしは業務運営に関する教習生の信頼や評価を低下させる」おそれがあり、T社が「かねてより従業員に対し、機会ある毎に女性教習生との関係については厳に公正であるべき旨指導しているのも右の理由によるものと解される。

すると右指導は単なる道徳上の助言にとどまらず、T社における職場の規律にまでなつていたと解され、Sが右指導に反して女性教習生と親密な交際を始めたことは右規律違反であり、しかも右交際が主として勤務時間外に、企業施設外で行われたものではあるが、前記の如く業務関連性が認められる以上、企業内の非行として評価すべきものである。」と述べています。

しかし、交際の程度が喫茶店で数回話し合うという程度であり、この時期においてはまだ噂が広まっていたとはいえず、試験の公正が阻害された事実も認められないから、「職場規律違反ではあるが顕著なものではなく、またその結果、被申請人に財産上の損害は勿論業務阻害、取引阻害その他社会的評価の低下毀損等の損害が生じたものとも認められない」ので、就業規則の懲戒事由に該当しないと判断しました。


コアラ その期間は、T社が被った具体的損害がなかったということだな。


クリリン 次に、Rさんが卒業した後の交際については、すでにRさんがT社とは関係がなくなっており、勤務時間外かつ企業施設外の交際であることから、企業外の行為ではあるけれども、近隣住民の噂となり、外部者であるRの親戚からも苦情が持ち込まれ、学校案内所からも苦情が持ち込まれたこと、SさんとRさんの交際の経緯・態様からは私生活上の行為という理解が得られるものではないことなどを総合考慮すると、T社の「社会的評価の低下並びに企業秩序の紊乱が生じたと認めるのが相当」とし、さらに、教習生の入校が減少し、会社取引上の損失が生じていることも考慮すると、社会的評価の低下、企業秩序の混乱、取引上の損失が、T社の損害として発生したものというべく、それらは多面的であるばかりでなく、その質的側面を考えるとT社にとつてその損害は重大であるといわざるを得ず、右期間のSさんの行為は、就業規則上の懲戒事由に該当すると判断しました。


コアラ しかし、懲戒解雇は認められなかったということは、処分として重すぎたということか。


クリリン その通りです。

経歴詐称も含め、Sさんには懲戒事由に該当する事実があるものの、懲戒解雇とすることは社会観念上著しく妥当を欠き解雇権の濫用と認められると判断したのです。

具体的には、Sさんの「信用失墜行為は、T社の社会的評価の低下、企業秩序の紊乱(びんらん)及び取引上の損失をもたらしたが、前認定事実によると、社会的評価の低下、企業秩序の紊乱等は噂が原因となつたものであり、いわば一過性のものというべく、また取引上の損失も質的にはともかく、損害額として具体的に把握できないことが明らかであり、これを量的には過大に評価することができないこと、そしてSとRとの交際は、発端から問題化する過程を含めてR側に原因があり、RはSとの関係では被害者とはなつていないこと、Sが所属するT社労働組合も女性教習生と従業員とのトラブルは企業経営に悪影響が出ることを理解しており、S若しくは他従業員につき同種事件の再発の虞は少いと考えられること等が認められ、これら諸事情を総合すると、Sの右所為は懲戒解雇事由に該当するが、これを理由にSを懲戒解雇にすることは著しく妥当を欠くものというべき」と述べています。

要約すると、社内秩序の混乱は、噂に端を発したもので、T社への損害は一過性であること、取引上の損害も算定できないこと、SさんとRさんの交際はRさんが主導的であり、Sさんの責任は比較的小さいこと、同種トラブルが再発するおそれが低いこと等を理由に、懲戒解雇とすることは不相当と判断したのですね。


コアラ 同じ従業員の不倫でも色々あるね。

一律に考えるのではなくて、個別の事情を細かく見て判断することが重要なんだな。


クリリン おっしゃる通りです。

次回以降は、セクハラについて説明したいと思います。



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