コアラが弁護士に法律相談! 懲戒解雇⑰ 懲戒解雇となるケース~従業員の身だしなみ(2)裁判例 | 仙台の弁護士 伊藤薫徳(いとうまさのり)のブログ

仙台の弁護士 伊藤薫徳(いとうまさのり)のブログ

仙台で弁護士を開業している伊藤薫德のブログです。
石田・伊藤法律事務所HP http://www.i-lawoffice.jp/

石田・伊藤法律事務所
ホームページはこちら
無料法律相談のご予約はこちら


クリリン 前回は、従業員の身だしなみ、すなわち服装や頭髪、髭について是正を求めたにもかかわらず改善しない場合に、懲戒処分できるかという問題について、判断基準を説明しました。


コアラ 制服着用しなきゃいけない会社の場合は、よほどの理由がないと着用を拒めないということだったな。

そして、制服について規定がない場合には、逆に慎重な判断が必要、と。


クリリン はい。

身だしなみは個人の人格権にも関わってきますから、身だしなみに対する制約の目的が正当で、かつ、その目的を達成するための制約の手段が合理的な場合に、改善命令や懲戒処分が有効になるということでした。


コアラ 茶髪や髭を一律に禁止するのではなく、清潔に整えるように注意するのであればよい、と。


クリリン そうですね。

今回は、身だしなみに対する懲戒処分に関する裁判例を見ていきたいと思います。

まずは、福岡地裁小倉支部平成9年12月25日(東谷山家事件)です。

トラック運転手である従業員であるXさんが、頭髪を短髪にし、黄色く染めたのに対して、Y社は色を元に戻すよう指導するとともに、けん責処分として始末書を提出するよう命じました。

Xさんは白髪染めを使って茶色が少し残る程度に染め直しましたが、Y社は真っ黒に染めることと始末書の提出を命じ、Xさんが従わなかったので諭旨解雇処分としました。

これに対し、Xさんは解雇の無効を主張して提訴しました。


コアラ 結論はどうなったの?


クリリン 裁判所は、解雇権の濫用にあたり無効と判断しました。

裁判所はまず、一般論として、「企業は、企業内秩序を維持・確保するため、労働者の動静を把握する必要に迫られる場合のあることは当然であり、このような場合、企業としては労働者に必要な規制、指示、命令等を行うことが許されるというべきである。

しかしながら、このようにいうことは、労働者が企業の一般的支配に服することを意味するものではなく、企業に与えられた秩序維持の権限は、自ずとその本質に伴う限界があるといわなければならない。

特に、労働者の髪の色・型、容姿、服装などといった人の人格や自由に関する事柄について、企業が企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合、その制限行為は無制限に許されるものではなく、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内にとどまるものというべく、具体的な制限行為の内容は、制限の必要性、合理性、手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されるものと解するのが相当である
」と言っています。


コアラ 制限の必要性と合理性、というのは、制約目的の正当性という基準と同一とみていいね。

そして、手段の相当性を判断したわけか。


クリリン はい。

Y社は、従業員の言葉遣いや服装、身だしなみ等が、取引先に悪い印象を与えないよう指導してきたようですが、Xさんの黄色く染めた頭髪が、会社の営業に具体的な悪影響を及ぼした事実は、証拠上、窺われませんでした。

さらに、Xさんがある程度染め直してきたにもかかわらず、始末書の提出を求めるというY社の態度は、「社内秩序の維持を図るためとはいえ、労働者の人格や自由への制限措置について、その合理性、相当性に関する検討を加えた上でなされたものとはとうてい認め難く」、むしろ、あくまでXさんから「始末書をとることに眼目があったと推認され」、上司らのXさんに対する指導が「企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内」の制限行為にとどまる」とはいえないと認定しました。


コアラ 会社に対する悪影響が全く見られなかったし、さらにXさんは金髪から茶髪に染め直したにもかかわらず、始末書を強制したり、解雇したことが懲戒権の濫用だったということだな。


クリリン そうですね。

けん責処分については、Xさんが染め直した後は、手段の相当性がないことはもとより、それ以前に正当な目的すらもなかったとも読めますね。

次の裁判例を見てみましょう。

東京地裁昭和46年7月19日(麹町学園教諭解雇事件)です。

本件は、T中学校の教諭として採用されたSさんが、1年の試用期間満了後、教師としての適格性を欠如しているとの理由で本採用されなかったことに対して、本採用しなかったことの無効を争い提訴した事案です。


コアラ そもそも試用期間後の本採用拒絶は、解雇といえるのか?


クリリン はい。

試用期間という概念は、試用期間中、適格性の欠如が明白な場合にのみ解雇できるという「解雇権の留保」と解されています。(ラジオ第31回 従業員の試用期間


コアラ T中学校は、Sさんの適格性判断において、Sさんの身だしなみを問題視したのか。


クリリン 適格性判断の考慮要素の一つとして、Sさんが不潔であったことを挙げています。

具体的には、Sさんがネクタイを着用していなかったこと、時に頭髪の手入れを怠って頭髪がぼさぼさであり、教員室の机の上でふけ落しをしたということです。


コアラ 中学の教師だと、ネクタイは要らないんじゃないか?

俺が中学の時も、先生がネクタイ締めてた記憶はないな。


クリリン そのとおりですね。

裁判所も、「中学、高校の教師がネクタイを着用せず授業等を行なうことが、乱れた服装であるという社会通念はない。

わが国の夏季のように高温と湿気に悩まされるところで、冷房装置なくしてネクタイの着用を強制することは無理なことである。

ネクタイを着用していなかつたことをもつて教師としての適格性判定の資料とすることはできない」と判断しています。

T中学校において、ネクタイを着用しない教師は他にも存在していたことも考慮しています。


コアラ でも、机の上でふけを落としているのは、傍から見ていて気持ちいいものではないわな。


クリリン 確かにそうかもしれません。

しかし、このこともやはり教師としての適格性とは別問題ですね。

裁判所も、「頭髪をぼさぼさにし、教員室の机の上でふけ落しをしていることは、好ましい風景ではないけれども、たまたまそういうことがあつたというに過ぎないし、それは教師として必要な智識、授業能力、指導力などと全く無縁なことであるから、これをもつて教師としての適格性を占うことはできない」と判断しました。

結局、Sさんには、教師としての適格性を疑わせる他の理由も認められず、解雇は権利の濫用であり無効とされました。

あくまでも重要なのは、その職業において適格かどうかですね。


コアラ じゃあ、これが接客業や営業マンだったら別の結論になったかもしれないね。


クリリン そうですね、身だしなみと職業としての適格性について判断した裁判例を最後に見てみましょう。

東京地裁昭和55年12月15日(ハイヤー運転手口ひげ裁判)です。

ハイヤー運転手であるMさんは、ハイヤー会社であるN社に勤務していました。

N社では、「乗務員勤務要領」において、従業員はヒゲを剃る旨の規定を置いていました。

Mさんは何度か髭を伸ばすたびに、N社から注意を受け、その都度そり落としていましたが、あるとき、髭を剃ることを拒絶しました。


コアラ N社にとっては反逆と思っただろうな。


クリリン N社は、Mさんに対して、口ひげを剃るようにとの乗務命令を出した上で、Mさんをハイヤー乗務から外し、事業所への立ち入りを禁止するよう文書で通告しました。

これによって、Mさんは、業績手当、時間外手当、深夜勤務手当等の基本給以外の乗車勤務給を受けられなくなったことから、髭を剃る義務のないことの確認及び得られたはずの乗車勤務給の支払いを求めて提訴しました。


コアラ 裁判所はどう判断したんだ?


クリリン 髭を剃る義務はないと判断しました。


コアラ ほう、それは意外だな。

社内規定はあったんだろ。


クリリン はい。

少し詳細に見てみましょう。

裁判所はまず、一般論として、「口ひげは、服装、頭髪等と同様元々個人の趣味・嗜好に属する事柄であり、本来的には各人の自由である。

しかしながら、その自由は、あくまでも一個人としての私生活上の自由であるにすぎず、労働契約の場においては、契約上の規制を受けることもあり得るのであり、企業に対して無制約な自由となるものではない。

すなわち、従業員は、労働契約を締結して企業に雇用されることに伴い、労働契約に定められた労働条件を遵守し、その義務を履行することは当然である。

従つて、企業が、企業経営の必要上から容姿、口ひげ、服装、頭髪等に関して合理的な規律を定めた場合、右規律は、労働条件の一となり、社会的・一般的に是認されるべき口ひげ、服装、頭髪等も労働契約上の規制を受け、従業員は、これに添つた労務提供義務を負」い、また、「ハイヤー運転手は、乗務の性質上顧客に対して不快な感情や反発感を抱せるような服装、みだしなみ挙措が許されないのは当然であるから、被告会社がこのようなサービス提供に関する一般的な業務上の指示・命令を発した場合、それ自体合理的な根拠を有するから、ハイヤー運転手がそれに則つてハイヤー業務にあたることは、円満な労務提供義務を履行するうえで要求されて然るべきところである。」
と言っており、身だしなみについて規律を定めたり、身だしなみに関する業務命令を発した場合には、従業員がそれに従う義務があることを確認しています。


コアラ あれ?

それじゃMさんは髭を剃らなきゃいけないって結論になるのが当然じゃないか?


クリリン そこがこの裁判例の注目すべき点ですね。

裁判所は、従業員に髭を剃るよう求めている「乗務員勤務要領」にいわゆる「ヒゲ」とは、不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」を指すと解釈すべきだと判断したんです。


コアラ 髭にもだらしなさを感じる髭、几帳面さを感じる髭、色々あるもんなぁ。


クリリン そうですね。

裁判所は、当該「乗務勤務要領」を作成した当時、「ヒゲ」に手入れされた口ひげが含まれると明確に意図していなかったと推認されること、ハイヤー業界においても、手入れされた口ひげを生やして乗車勤務しないという慣行が定立されているとはいえないこと、取引先からMさんの口ひげについて苦情が出るなど業務上の悪影響があったとは認められないことから、Mさんに対する業務命令には必要性・合理性がないと判断し、禁止される「ヒゲ」の意味を不快感を与えるものに限定したわけです。


コアラ なるほどねぇ。

この間、中年向けの男性ファッション誌を見たら、モデルは全員髭面だったよ。

しかも、ありゃあ無精ひげかな。

今後、髭が今よりも社会に浸透したら、裁判例の動向も変わっていくかもしれんね。


クリリン そうですね、裁判所は「社会通念」を重視しますからね。

身だしなみについては、社会通念、業種における慣行、会社における実質的な影響などに応じて、適切な指示・妥当な処分を心がけていただきたいと思います。



コアラが弁護士に法律相談!目次

石田・伊藤法律事務所
ホームページはこちら
無料法律相談のご予約はこちら