Pierrot | Gardianinho~polisherman diary~

Gardianinho~polisherman diary~

サッカー・長万部・モノ

 

もうほぼこのブログは忘れ去られているはずだし、心の余裕や体力の余裕は一切ないが時間だけ少しあるので、この一年間について触れていきたい。

 

二人の自分を見せるとても苦しい一年になった。

 

 

3月の辞令にて。

 

 

「私の生活も変わることだから今のタイミングで帰ってきてほしくない」

 

 

妻に最初に言われたひとことである。「いつから」「わかった」「子供達うれしいだろうね」そんな言葉よりも先にである。過去にも言っていいことと悪いことの分別がつかない妻が友人と揉めた話を知っていたので驚きはなかったが、いざ自身で受けるとしんどかった。

もともと夫婦仲は良くなく、当時からすでに自分の意見を伝えることについて諦めていたような状況でその一言だったので、「これは先長くないかもな」と直感がした。

早々喧嘩し、暴力暴言好き放題した後に妻が言い放ったのは「子供に合わせない」。親の喧嘩に子供は関係ないだろ、と言いたかったが先述の通りである。5時前に起きて家を出て、11時過ぎにベッドに戻るだけの生活が続いた。軽自動車に最低限の衣類を詰め込み、洗濯はコインランドリー、風呂はジムのシャワーという生活。これが2週間続き、その最中に出した結論は別居であった。幸い住居は会社から遠く、よほどのことがない限り会社の人間に遭遇することはない。ただ一人でいるのを見つかるのはそれで厄介。なので住居近くの安アパートを探し、むつみ荘と大差ない激安物件を抑えた。生活費を抑えるために風呂は全て近くのジムのシャワー。エアコンと照明は最小限。テレビもテーブルもない生活。ただ仕事では何も無いように振舞い、ガンガン成果を出す。。。

酒を飲まない日がかなり減り、1か月もあればブラックニッカとトリスの山。休日は一日一食で外食でご飯大盛りの店でしのぐ。気づけばそんな生活が10か月。幸い体調を崩したのは正月だけで、あとはアレルギー大嵌まり程度。しかし明らかに体が悲鳴を上げ始めていて、深夜の途中覚醒が少なくとも週1回。妻と子供に罵倒される夢で目覚めるときもある。

 

それでも平日の自分は“シンライデキルスズキサン”であり続けなければならず、神経のアップダウンが激しい日々。外出の息抜きも人と遭遇する恐れを感じ一目つかない場所を選んではそこに行く。ジムでワークアウトか打ちっぱなしに行っている瞬間だけ、自分自身を静寂にできる。

しかしながら私服なぞ着る機会もなく、理髪店も気づけば3か月以上いかず、ついにバリカンだけこしらえマンバン状態。見た目にも一切気を使わなくなった。

 

暗闇の中自分が出した結論は早くリセットする。ようやく調停までこぎ着けた。

 

妻は一銭でも多く私から金をむしり取りたいのだろう。何かあれば離婚が口癖で手も口も出し放題だったにもかかわらず、いざその場面が来ると無かったかのような態度。まるであなたが私をそうさせたと言わんばかりである。

 

ジダンはマテラッツィに頭突きをして現役最後の試合に幕を閉じた。マテラッツィが何を言ったかは諸説あるが、原因を作ったのは間違いない。でもピッチで処罰を受けたのはジダン。世の中、原因を作ったほうにも問題はあるとしても、事の大きさは手を出したほうにスポットライトが当たるのが常である。

 

もう少しだけピエロな自分を振舞わなければならない。

6日間の休暇で、何もリセットされない中この文を閉じよう。