1960年代に日本が有事に巻き込まれ、現状打破の余地がなく、日本の領土、財産、日本人の人権まで蹂躙、略取されることが避けられない場合に発せられる「最重篤的絶望事態宣言」について、都市伝説なのか、その昔本当に本気で検討されたものなのか、ようつべでそのフィルムが流されています。
・日本語が全然練られていないこと(非常に稚拙な作文)
・国家が国民に向けて、「絶望」なんて言葉を使うはずがないこと
・バルビツールは錠剤を配布するというのに10ccと書かれており、しかもその量では致死的ではないとされていること
・バックが君が代のバージョンもありますが、なぜか蛍の光バージョンがあること
すぐにこれくらいのことに気づかされ、ガセネタなのは考えるまでもありません。
一つ目で、作文した人の知能が分かるというものです。あえて嫌な言い方をしました。
二つ目、国家が国民に向けていうなら「危機切迫」かもっと踏みこめば、「打開困難」かさらには「降伏」宣言でしょうね。
三つ目は知り合いの薬剤師に尋ねてみました。
話によるもっと楽な方法があるそうですが、広まったら大変なので、その先は、、、だそうです。
1960年代だとバルビツールは良い選択枝だったかもしれないともいわれました。
四つめはこの動画を作ったのは日本を敵視している人たち?
米国版もあり、そちらは拳銃を手にして、銃口を口の中に差し込んで、どうぞ、だそうです。
アメリカは国土も広いですし、あの国民性で、どんな状況になっても降伏などするはずがないと思いますね。
この存在もガセネタを強く確信させるところです。
さて、面白おかしく展開しようとしているネタに真正面からいきり立つことはないのですが、なぜこれが気になるかというと今回のCOVID-19に対する日本と欧米の差、日本人と欧米人の差という方が良いのかもしれませんが、政府と国民の関係を考えてしまいました。
日本人は従順で、均質化を好むので、政府は国民をコントロールしやすいのでしょうね。
私はマスク反対ではありませんし、ワクチンも3回打ちました。
COVID-19が流行する前から夏でもマスクを付けて仕事をしていました。
屋外ではマスクはしていませんでしたし、飲みに出る際もマスクはしていなかったので、今よりは遙かに緩かったのですが、制限のある中で生活する方がかえって気分が楽という日本人ならではの心理が自分でも強いのだと思っています。
マスクをしないで、注意するものに暴言暴力を働くものが、ニュースになりますが、それは後ろめたさがあるからでしょう。
欧米かぶれで、集団でマスクなしでパーティをした連中、特に主催者は煮え湯を飲む羽目になったと思います。
社会に対して突っ張っているつもりなのでしょうが、体調を崩したらすぐに救急車を呼ぶでしょうし、入院させろ、元通りに治せという無理な要求をしてくる連中でしょう。
それを拒まない、拒めない病院は大変と思います。
話は滑っていきますが、病院で頑張ってくださっている方々やその御家族にばい菌扱いの暴言を投げつける輩がいることも許せませんね。
日本人て奥ゆかしいというより、責任を取るのが嫌なだけで、まずそうな事柄からい逃げようとしているだけなのかなと絶望感を感じることもあります。
こういうときに「絶望」という言葉が出てきます。
欧米の反マスク、反ワクチンの人たちは自己責任は重々承知で、自分自身で戦うことを選んで決めていくから、政府は勝手に規制するなという思いなのでしょうか。
昨年ワクチン接種が先進国といわれる国の中で特に出遅れ、コロナ敗戦なんていわれていましたが、この先どうなるのでしょうか。
日本国政府が「最重篤的絶望事態宣言」を出しても国民は負けません。
これは確かなことと思います。
そろそろmネタを書きたいのですが、色々腹立たしいことがあって、潜っている場合ではないので、もう少し頑張ってみます。