應神天皇皇后 仁徳天皇生母 仲姫命 仲津山陵 | 倭は国のまほろば…残された憧憬を訪ねて…。

倭は国のまほろば…残された憧憬を訪ねて…。

3年半かけて天皇陵、皇后陵を歴代順に廻りました。
1年半かけて宮(皇居)を歴代順に廻りました。
普段は奈良を中心に周りで起こった他愛のない出来事を綴っていきます。
ペナントレース中は甲子園球場に出没しています!
奈良まほろば検定 奈良通1級合格。

【平成26年10月18日(土)参拝】

応神天皇皇后 仲姫命仲津山陵  陵形:前方後円  考古学名は仲ツ山古墳。(前方後円墳」290m(全国9位))
所在地:大阪府藤井寺市沢田4丁目

応神陵からは先ほど通過した道標を左(北)に曲がって5~6分行ったところに仲姫命陵があります。


制札の前に垣根があって正面から撮れない。


応神陵に比べてしまうとこじんまりした陵に見えるが…。(それでも全国9位である)
たぶん拝所が狭いからそう見えるのだろう。



                                            仲姫陵から応神陵が見える。

仲姫命(なかつひめのみこと、生没年不詳)は、応神天皇の皇后。『古事記』は中日売命に作る。品陀真若王(五百城入彦皇子の王子、景行天皇の孫王)の王女で、母は金田屋野姫命(建稲種命の女)。応神天皇との間に仁徳天皇を儲ける。仲津姫命とも。因みに同母姉の高城入姫命や同母妹の弟姫命も応神天皇の妃となっている。

応神天皇2年2月3日(271年3月1日)、応神天皇の皇后に立后された。仁徳天皇元年1月3日(313年2月14日)、仁徳天皇の即位と同日に皇太后となった。(参考文献:ウィキ抜粋)


この日は神功皇后~応神天皇~応神皇后~御廟山古墳と4墳廻ってヘトヘト…。
気づいたら2万歩超えてたし…。