こんにちは。

 

(ジャカランダの季節がやってきました)

 

 

介護職や援助職をしていると

 

いろいろなお客様の人生の物語を

 

垣間見ることができます。

 

 

私自身も50を超え

 

これまでの人生を振り返ることもあり

 

 

自分の

 

「人生のあらすじ・脚本」

 

はどんなだったかな

 

と考えます。

 

 

 

交流分析での

 

「人生のあらすじ=人生脚本」

 

 

生まれたときから書かれ始め

 

7歳くらいで物語の要点は決定されると

 

言われています。

 

 

そして

 

12歳から15歳のころに

 

より現実的な部分を追加し

 

脚本が完成され

 

自分の生き方のルールや

 

心や感情のもって行き方

 

を形作ります。

 

 

そして、この

 

人生脚本

 

幼少期に受けた親からのメッセージや

 

周りの環境から

 

影響されたり

 

強化されることが多いのです。

 

 

 

 

 

最近

 

「いちばん好きな花」

 

というドラマを観ています。

 

(みなさんは観ていますか?)

 

 

登場人物4人の

 

細やかな心の機微が描かれていて

 

心に残るセリフも多く

 

とても共感しながら観ています。


 

 

その中に出てくる椿くんの例を

 

交流分析と人生脚本に例えてみてみますね。

 

 

 

椿くんは

 

小さい頃はおしゃべりで

 

たくさんの楽しいことが好きで

 

感じたままに行動する子でした。

 

 

でも先生から落ち着きがないと指摘され

 

母親がそう言われたことに困惑し

 

悲しんだことで

 

“このままじゃいけないんだ”

 

と思い

 

そういう本当の自分を抑え込んで生きる

 

ようになりました。

 

(そういう形で生きることを無意識のうちに

決めたんですね。)

 

 

 

お母さんを悲しませないために。

 

 

それからは

 

自分の欲求や怒りを抑えて

 

皆から嫌われないように

 

人の願いを受け入れ

 

人のために動き

 

「いい人」

 

でいることで

 

周りがうまくおさまり

 

波風も立たず

 

周りが幸せになる

 

 

そうすることが

 

自分の存在価値だ

 

という人生脚本を作ってしまったのでしょう。

 

 

そして

 

何かあれば

 

自分が誤ってばかりいます。

 

なぜなら

 

自分が悪い

 

自分が負けの立場

 

 

そうなった方が

 

相手を責めるより楽だから

 

 

 

そうやって

 

なんとかうまく生きてくることが

 

できているのです。

 

 

 

でもそのかわり

 

 

自分の感情は置いてけぼりなために

 

誰とも深い「好き」を交流できずに

 

「いい人」

 

にはなれても

 

誰かの1番

 

になることはできず

 

生きづらさを感じながらも

 

人生の脚本通りに生きているように見えます。

 

 

 

交流分析の自我状態で言うと

 

 

本当は

 

「自由な子ども = FC (free child)」

 

だったのに

 

それを抑え込んで

 

「順応した子ども = AC(adapted child)」

 

 

「養育的な親 = NP (nuturing parent)」

 

という役割をすることで

 

心と感情の持っていきかたを

 

形作っているように思えます。

 

 

そして

 

偽りの安心感を得ているのです。

 

 

 

 

長い間慣れ親しんでしまった

 

本当でない自分と人生の脚本

 

 

でも

 

自己分析をして

 

自分のことを知ると

 

この脚本を書き換えることができます。

 

 

 

それは

 

 

自分に許可をすることから始まります。

 

 

 

感情を感じて良い

 

自分で考えて良い

 

他者に近づいても良い

 

存在していて良い

 

 

 

という許可です。

 

 

 

そして

 

今まで繰り返してきた

 

生き方の形や

 

行動、心の持って行き方

 

 

例えば

 

自分さえ何も言わなければ

 

自分さえ我慢していれば

 

自分さえ何も感じなければ

 

「いい人」のまま

 

誰にも嫌われずにすむ

 

 

といったいつものパターンではなく

 

 

別の行動をしてみると

 

 

実は

 

いままでの脚本通りではなくても

 

うまくいくこともあるんだ

 

ということに気づくことができ

 

 

思い込みを少しづつ手放して

 

いままで生きづらさを感じていた

 

人生の脚本を書き換えていくことができるのです。

 

 

 

そしてさらに言えば

 

 

 

今まで生きづらいと感じていた

 

自分の心の在り方が

 

 

実は

 

 

自分という宝物の一部なのだ

 

 

と受け入れられると

 

 

さらに

 

自分を愛おしく感じられて

 

自分の長所として

 

受け入れることも出来るでしょう。

 

 

 

 

ドラマの椿くんも

 

出会った3人との交流の中で

 

自分が持つ宝物

 

内なる花に

 

気づいて

 

より良い人生を歩んでいけるようになるといいな

 

 

私も自分に重ねながら

 

観ています。