テレビのインタビューで西加奈子さんを見た


自分をより良く理解してあげることが一番大切というようなことを話していた


彼女の本をなにか読んでみたくなった


図書館ですぐに借りられる本のうち、タイトルや解説で選んだのがこの本


上下巻の長編だが、特に下巻はあっという間に読んでしまった


なんというか、自分の経験の中にも思い当たる節があり、設定や状況は違うがそういうもんだよなと妙に納得したりした


身近に捉えられる所が多く面白かった


10年前に出版された本だ


西加奈子さんは私より六歳年下だが、同世代の感覚


1995年

1/17 阪神・淡路大震災

3/20 地下鉄サリン事件

2001年

9/11 同時多発テロ

2013 年 

3/11 東日本大震災

2011〜2013年 

   アラブの春


これらの出来事を実際に小説の中に潜らせている


哲学と宗教は私にとって関心あるトピックだが


イラン、エジプトといった中東地域や


ユダヤ人への知識、理解の助けとなった


この小説の最初の文章と最後の文章は対になっていて面白い


僕はこの世界に、左足から登場した。

僕は、左足を踏み出す。


語り手の「僕」は生まれたときから身勝手な家族に翻弄され、何でも受け身に徹して生きていた


でもそれは結局色んなことから逃げて、全てを周りのせいにして、他人の価値観で生きていたということだ


同時に自分の卑怯で卑劣な考えを恥じているから自覚はある


もっとも私も自分の行動などに対して、言い訳していることが良くある


そういう、良く言えば自分に折り合いをつけることは人生で必要なことだとも思う

あなたはいつだってそうだった

いつまでそうしているつもり?


そう言われて、自分自身でもそのままでは駄目だとわかっているが、中々ぬるま湯から抜け出すことが出来なかった僕


信じるものを探す→見つける→幸せ!?


そもそも幸せか幸せでないかは自分で決めること


他の誰かには判断できない


判断できるのは自分だけだ


信じるモノ、コト=自分


自分を信じることは生きること


自分が信じるものを誰かに決めさせてはいけない


そして、それは自分が過ごしてきた時間


誰かを信じているのではなく


誰かを愛している自分を信じる


揺るぎない自分を信じる


破茶滅茶だった姉の言葉の数々


心に響いた言葉だ


姉は体幹をつくるヨガを熱心にしていた


私も最近ヨガにより向き合いつつあり、本を読んだが


修業として始まったヨガは


「東洋哲学の実践」だという


揺るぎない自分を作るためにも


私もまずはヨガで体の芯をしっかり作ろことから始める(大事なのは中身だが)


この本には音楽や本や映画に造詣が深い人物が多く出てくる


しかもそれは実在の作家や歌手や曲名だ


今はその情報だけで、検索すれば直ぐに見たり聞いたりできるのは便利で嬉しい


僕が辿り着いた信じるもの


心から欲してやりたいこと、楽しいことは小説を書くことだった


やはり自分が好きなこと得意なことを考えること


自分を信じ歩んでいくことは生きることなのだ


後半、イケていない中年になった僕が唯一心から好きなことは本を読むことだった


ここで、読書とはある意味現実逃避?!と思った感がある


読んでる最中は他のやるべきことを放置して、自分の都合のいいように自分の殻にこもれるとも解釈できる


もちろん単にリフレッシュできたり、反対にモヤモヤしたり、新しい知識を得たり…色んな側面がある


でも自分を見つける手掛かりが


何かがつかめるかもしれない


それを無限大に与えてくれる読書体験はこれからもやはり貴重だ