考えることが好きな私は様々なことを考えています。

これからの生き方,社会人として,人間として,,,

そんな思いや考え方を綴っています。


ぜひ,ご意見ご感想をいただけたらと思います。


みなさま,よろしくお願いいたします。

〇両親たちの社会観(神話)からの教育と子供の見いだしたもの。

~それでも親は満足なはず。~


我々の両親たちに神話があった。
良い学校を出て、良い成績を取り続け、良い大学を卒業して、良い会社に入れば
人生は安泰だという神話。

今になっては薄れたが、最も信用できた神話である。
この神話は時代の流れが変わり、必ずしも神話通りの枠が減ったにも関わらず、
逆に努力が足りないという論点により、神話の信頼性は増した。
私の同級生を見て、大勢の同級生がいわゆるお受験を経て、有名私立中学に進学
した。
しかし、いざ社会人になってお受験した同級生を見ると、私や周囲の期待とは違っていた。
俗に言われるドロップアウトだった。
学校を退学するとい意味ではなく、勉強・研究を続けて先に進むというものに意
味が見いだせなくなったこと。
また、一種の挫折を味わったのではないかとも考えられる。

私の知り合いに中学からラサールに進んだ人がいた。
彼は幼い頃から勉強もでき、教師や親族からも天才と言われた人である。
そんな彼はラサールに進んで挫折を味わった。

近県から同じ天才が集まっていたのだ。その天才たちと同じ土俵で競い始めた。
そして、彼は負けた。負けたときに、ふと思ったとのこと。
「なぜ、負けた?おれは天才のはずなのに。」
「このまま戦い続けるのか?」
「なぜ、勉強を続ける?先に何があるのか?」
と、実は最も最初に自身で答えを導く必要のある問いに気がついたのである。

そんな、彼は自身の答えを見いだせずにドロップアウトした。

しかし、競わず自身のペースで勉強を続け、彼はパイロットになった。
仮に年収という切口で彼を評価するならばいわゆる勝ち組だ。

一般的な上場企業の役員レベルだ。
ある日、彼は言った。「あのままラサールに残っても自身を見いだせずにいた。
学ぶ楽しさがいつの間にか消え、戦うことに注力しただろう。

ラサールでがんばった人はものすごい努力や才能があるんだろう。自分が本当にやりたい勉強が出来てよかった。」と。
彼の”学ぶ楽しさ”が何より印象に残る。
ふと、同級生に今一度、目をやると幼い頃から勉強を続け、

神話通りにいった人間は50人中たったの4人…
4人は天才と言われるレベルの人たち。神話を貫いたすごい人たち,医学部は除くが。
マスメディア、製薬会社、証券会社の最大手だ。

くしくも47人たちに「あんなに勉強してたのに、なんで止めちゃったの?」と聞
くとこんな答えが返る。
「勉強の楽しさがわからなくなった」
「友達と遊ぶ楽しさがわかった」
「親の希望と私の考えは違った」
「他にやりたいことが見つかった」
「勉強に疲れた。競い合うのに疲れた。上には上がいる。」
新たな楽しさを見つけた人たち、疲れた人たち、いわゆるデビューした人たち。
親にしたら残念だろう、学費への投資や期待が結ばなかったから。

でも、両親は子供を愛している。きっと、責めやしないだろうが。
子供が元気だったら、そもそも親は満足だから。
今後も縮小経済で不確かな世の中では神話は続くだろう。

より深く、子供への期待を増やしながら。

ぜひ、これを読んでる親は私が聞いた名言を知って頂きたい。
小学校3年生の担任教師が保護者会で言ったこと。
「父兄のみなさま。子供に勉強しろ。と言っても勉強しません。勉強姿を見て、満足するかもしれませんが、見についていません。子供には勉強の意味を見いだせない。ですので、父兄のみなさまは子供が勉強できる環境を作ってください。子供が自ら勉強するのを待ってください。その時に初めて身に付く勉強と楽しさが見いだせますから。」

私の両親はこの言葉で教育方針を変えました。

そんな、私は大変満足してます。
子供らしい子供で、自分で勉強の楽しさが見出だせたから。


果たして今後も神話は増していくのだろうか?

はたまた,神話はなくなるのか?

いろんな方々のご意見を頂戴したく思います。