格差社会だといわゆる近年。
子供が産みたくても資金のない夫婦
働けども貯金が出来ない人
収入や生活レベルの差を格差というのだろう。


しかし、日本は格差が見えにくいのでは?と思う時がある。
海外の街を歩いた人はなんとなくわかると思うが、海外では肌の色が違う、服装が違うと格差がわかるのではないか。
一方、日本の街では同じ肌の色、似たようなスーツ姿が目立つ。単一民族で同じ肌の色だから、必然的に同じぐらい生活レベルとある程度推測できるだろう。
スーツ姿もそうだ、スーツ姿だから働いている。収入は十分だろう。って。
でも、これは違うと思う。同じ肌の色、似たようなスーツ姿ではおのずと見えにくくなる。
海外では違うと低生活レベルとわかる。だけど、日本は同じだからわからないかも。
スーツ姿で完全ノルマ制の営業マンで年収200万かもしれない。でも、スーツ姿というフィルターでそんな風には見えない。
同じような考えをロイターの外人記者も書いていたことには驚いた。

この見えない格差は対策を遅らせはしないだろうか。選挙で投票するシステムの中では国民世論で変わる。格差が見えにくいと、国民の意志が政策に反映されない。
経済対策が遅れれば人口減少社会ではツケが子供や孫の世代に回る。
臭いものには蓋をするのではなく、見て実感すべきだ。愛している人との間には子供はほしいだろう。
子供の教育を通じて、親は成長する。そんな、当たり前の生活を戻さないと私の孫たちはきっと大変だろう。

高度経済成長時代の国民総中流階級以上なんていう、時代じゃないから。

働いて手取りが生活保護世帯よりも安いという問題もある。
働き損になっている。最低賃金を上げよう。なんて、声もあるが。
低賃金の企業には当然、不可能な話だ。国が保証するのも民間企業ゆえにありえない。

資本主義の国家においては見合ったものを与えねば、不公平感が生まれる。
不公平感は意欲をなくさせる。

不公平感の解決のために…
1.生活保護を下げる
2.最低賃金の引き上げる(ついてこれない企業は潰す)
3.生活保護対象には実物支給

迷走する時代の中ではなかなか、いい案が思いつかない。
果たして、どうすればいいのだろうか?

〇上下関係の崩壊

中学生の頃に担任教師が上下関係が壊れた。と、言っていた。
中学生の頃は実感しなかったが、25歳になり親との関係、学生時代、大学院時代
、社会人になってと考えると担任教師の発言がよくわかる。
確かに担任教師のおっしゃる通りに上下関係が崩壊している。
この崩壊は人への思いやりは気遣いといった対人折衝が変わったとも思える。
また、25歳の私としては歳が近い人たちのメリハリがなくなっているようにも思
える。

この上下関係とはいくつかある。
親と子、教師と生徒、先輩と後輩、上司と部下、年上と年下と挙げたらきりはな
い。
この中だけでも、壊れていない上下関係はいくつあるだろうか?
強いて挙げれば先輩と後輩、上司と部下だけではないだろうか。
もちろん、他もあると思うが割合は少ないだろう。

まず、親と子だ。
人間性が最も形成される環境で崩壊があるのではないか。
友達親子という言葉もそうだろう。
親と子が友達のように接することらしい。
これは非常に危険ではないだろうか?
年上を敬う大切さがわからなくなる可能性がある。
しかし、なぜ、こうなったのか。
私が行き着いたのは親の子供化ではないかと思った。
親がはっきり言って未熟なのではないか。
もちろん、子供の目線に戻って子供の気持ちを考えるのは一つの手段であり、大
事なことだとは思う。
そして、なぜ親が子供化したのか?
叱られるのが苦手なのか?新しいことに臨むとき応用が効かないのか?
はたまた、子供の考えがわからなくて怖いから目線を下げるのか?
親と子の関係はまだまだ、研究中だ。


次に教師と生徒だ。
私の小学校時代から徐々に学級崩壊というのが表れていた。
現に隣のクラスはそれに近かった。
教師と生徒の上下関係はどうやって守られていたか?

家庭での教育、教育の体罰、親が教師を敬う、子が親と教師を敬う。
こういったものがあったのではないか?

家庭での教育を学校に求める親、教育の体罰を理解できない親、教師を見下す親
、親と教師を友達と思う子

なぜ、このようなことになったか?
親が子供を叱らなくなったのだろうか。
電車でマナーを守らない子供、それを叱らない親
果たして、子供のためを思っているのか?とても、不思議だ。


しかし、こんな上下関係の中でも先輩と後輩や上司と部下だけは守られているか
ら面白い。
先輩と後輩はおそらく力という背景があるから壊れないのだろう。
上司と部下は業績評価という力があるから壊れないのだろう。

これを考えるとものすごく卑怯に思えてならない。
どうせなら貫いて欲しいモノだ。
一部は上下関係の壊れた環境にいながら、一部では上の顔色を伺って下と装う。
かなり卑しく、浅はかなやり方だ。人を信用する要素を省いてしまっている。


私自身にも先輩と後輩はいる。確かに言動は崩れていると思う。
しかし、仕事の話では言動を正す。プライベートでは仲のよい関係だ。
メリハリをつけている。

なんてもいわん社会だ。


上下関係が崩れた社会の人間が社会を支えるのだから、恐ろしい話だ。
今後も上下関係を観察して考えを深めていきたい。

〇人を見下す若者たち

同じ歳の若者たちは人を見下しているように見える。
どこか、自尊心で自分を守るかのように他人や友人を見下している。
批判するつもりは毛頭ないが杞憂に思える。

そんな私も実は見下したがりな若者だった。見下すことで自尊心を保っていた。
でも、ふと考えた時、見下す自分がおかしく思えた。
見下すことに意味がなくて、自分の道を閉ざすことに。

自分で気がついて人と真剣に向かい合い、自分なんぞ大したことなくて、まだまだ学ぶ必要があると。

そうやって改心(?)してから、見下す若者を見て観察している。

いくつかそんな見下される出来事があった。

自己紹介でも触れたが、私も創業150年を迎えた一部上場企業に就職したが、幼い頃から成績・学校は中の下だ。
友達と日がくれるまで遊び、宿題も嫌嫌やった普通の学生だった。
いま思うと、子供らしい子供だったと思う。
周りの同級生たちは何か大人びていた。
きっと、頭が良くて大人なんだろうな。と、思ってた学生時代だった。

そんなある日、小学校時代の居酒屋で同窓会があった。
みんな、私より成績も良く、期待されていた子供たち。
当然、私が中の下と知っている人たち。
とある同級生に「お前はいま何やってんの?バイト?」と、態度も上から目線というやつで。
返事は素直に勤務先を話したら、一堂驚いていた。
まさか!こいつがそんな企業に!っていう表情と言葉で。
次は年収を聞かれる。
また、素直に個人的な投資や会社の給与を合わせると450万はある。と。
またまた、驚かれた。
それ以降、誰も仕事や年収を聞かなくなった。
最初に聞いた同級生は圧倒的に私より成績も良く、できる子だった。
結果は私の勤務先の子会社だった。

どうして、そんなことを聞くのか?と、エリート同級生に聞くと、みんなお前には勝てると思ってたんだよ(笑)って。
私は就職先や年収なんてどうでも良くて、納得して働けることを大事にしてるから。
みんなの気持ちが不思議だった。私だって、それなりに影では努力したから(笑)

出張に行く際に同級生から言われた見下し発言もあった。
私の勤務先はメーカーなので、工場がある。もちろん、工場は作業着を着て溶接とかする。
職務がら工場に出張するのが年間の2/3は占める。
工場で現場に入るため作業着を着る、そのためスーツで行かなくて私服でいく。
ジーパン、Tシャツ、パーカー、バックパックで。
これが私の定番出張スタイルなのだ。まぁ、会社でもアウトローだろう。

そんな平日の朝に私服でいる私を見て、同級生が言った。
「大学院出てバイトになったの(笑)?」って
私は会社や出張の事情を話すと…

「派遣社員でも出張はあるんだ(笑)」って
いや正社員で普通に出張だよって返事…

居酒屋の時と同じ驚きをされる。そしたら急に彼の勤め先の金融機関を利用してって言ってくる始末。
彼は営業だったから。まぁ、金融機関が大勢採用する理由もあって、俗に言われる金融機関内の”歩”だ。
営業ノルマや人間関係が嫌だと相談もされた。

まずは営業スタイルに釘を刺した。君の金融機関にはうちの親族が何十億の預金がある。
その親族はおれを子供のように扱う。
君の銀行から他行に移そう!と言ったら、移してくれるよ。
窓口で君の名前を出して、不快感を味わったって言ったら、君はどうなる?
損害を与えた張本人になるよね。
目先の足元や財布を見ないで人はどこかでつながってるから気をつけたほうがいい。と。
人間関係には「人を見下して見ないほうがいい。損をするよ。損得に拘り過ぎるから。
心の隅で人をバカにしてると思うけど、周りまわって自分に返ってくる。
仮にバカに去れてたらバカに去れてなよ。
自分は自分なんだ。って、ドーンと構えたら?」と、言ったら、どこか私に諭されて悔しそうな表情を見せながらも聞いていた。
付け加えるように、人を見下して成長を止めるより負けないぞ!と、思って成長するのが大事じゃないか?とも伝えた。

今ではノルマを越えながら、目標を持って働いている。


しかし、いつから若者は人を見下すようになったのか。自尊心のため?
まだまだわからないけど、大人びていたんだろうな、幼い頃から。って思う