〇環境問題が作り出した世界

京都議定書の発布によって環境問題は世界レベルで認識された。
日本は鳩山政権が高い目標を掲げた。
アメリカのオバマ政権もブッシュ政権の環境問題方針から舵を切った。
これにより環境対策が現実味を帯びてきた。

しかし、環境を悪化させるといわれ最もクローズアップされる二酸化炭素濃度。
果たして二酸化炭素濃度が問題なのか?
地球の二酸化炭素濃度サイクルから見ればただの循環だ。
いや工業化により増加係数はサイクルを越える。
諸説は無数にあるだろう。

真実、嘘は今回は書かないとする。
個人的には嘘だと思うが…

嘘だとしても、世界の流れは二酸化炭素濃度に注目がいき、経済にも乗っかりはじめた。
今更、嘘と言っても受け入れられないので二酸化炭素濃度が影響をもたらすとして、話を進めよう。


この環境問題は世界の人々に対して、いくつか問いかけていると思える。
世界各国の結束力について。

1.豊かさの享受
先進国が先に近代化し、インフラやら社会基盤を整備して豊になった。
環境対策で自国の経済成長を鈍らせる可能性がある。
確固とした技術や社会の仕組みは未だにない。
他国のために自国で努力できるか?
先進国みんなで共にできるか?
出し抜かれないかと懸念を残しながら。

2.日常生活で続けられるか
環境対策のもとに日常生活は様々な制約ができるだろう。
自身の生活レベルを変えてまで続けられるだろうか?
しかし、地球全体の問題に対して、市民がどこまで許容できるか?
人口増加に対して省エネルギーを身につける必要もあるが。

3.持続的成長のために先進技術を生めるか?
環境効果もありビジネスとして成立させられるか?
原子力に頼りざるえない中で循環型抵抗害エネルギー生成サイクルはできるか?

4.環境問題と割りきり、他国を友好国としてみれるか?
歴史認識やイデオロギーもある。それを乗り越えられるか?


一国や数国ではできない問題だ。世界全体で進められるのだろうか?
東西冷戦のように一時だけではなく持続的に協力できるか?



環境問題とは世界レベルでひとりひとりに問いかけている。
私の思いは環境問題を機に世界が広い目線で末永く豊さを享受できればと思う。
近年、若者たちの物欲がなくなっていると言われている。
なぜ、買わなくなったのか?
これは私自身でも実感している。生まれた時から周りの環境にはあらゆるものが揃っていた。
社会全体が豊だった。生活に不自由はなかったように思える。
父親の年代に聞くと小さい頃は今と違って生活には困ってた。だから、お金を手にするとモノが欲しくなった。と。
確かに今の時代はモノが溢れている。特に欲しいモノは思い浮かばない。
最も実感したのは結婚を考えている彼女に婚約指輪のお返しについて聞かれた時だ。
女性から男性にプレゼントするけど、例えば何がいい?と。
私は答えられなかった。特に趣味がある訳でもなく、身の回りは揃っている。やはり、形として残るものを考えると思い浮かばなかった。
時計?
⇒ある。
車?
⇒いらない。
アクセサリー?
⇒つけない。

返事が出来なかった。単純に幸せで暖かい生活があればよい。としか思えない。
なぜ、こうなったのか?
やはり、いらない。生活には十分。と結論に落ち着く。

このように考えが変わったのは社会全体の豊かさの移り変わり以外に若者の娯楽志向が関係しているのではないか?
旅行についても。
今はほとんどの家にハイビジョンテレビがあると思う。このハイビジョンテレビを通して観た感想はいかがだろうか?
映像美で十分とは感じないか?わざわざ、海外や遠方まで出向き観たいだろうか?
私自身、独りで25ヶ国は旅をした。やはり、生で観る感動はあるものの、事前にハイビジョンテレビで観てから行くと些か感動は薄くなる。
海外旅行に行かなくてもハイビジョンテレビで観れる。
車に乗らなくても移動出来てデートもできる。
でも、携帯電話の使用についてはお金を使う。
車メーカーは必死に若者への宣伝している。若いうちに高級車への憧れを作り、収入が出来たら買うというビジネスが成立しないから必死なのだろう。

我々、若者たちの消費が社会全体でお金が循環して経済が成り立つ。

よく低流若者なんて言われるがまったく違う。必要がないから使わないと変わったのだ。
しかし、携帯電話には使う。使い道はあるものだ。
誰か頭のいい人に教えて欲しいモノだ。