チョッと大人の町「六本木」!《ディスコ・ナンパで大いに楽しむ》
=*千里の繊維センター街に商品センターから東京に*=
エリモビル(エリモジョージ?だったかと思いますがそのオーナーのビル)に、商品センターがあり
全国のチェーン店に生地(主に着分)商品を出荷していました。委託や催事もありましたので、ほぼ
毎日が商品整理と出荷でした。だから、出張の時はルンルン気分で楽しみでなりませんでした。
やはり単純作業の繰り返しは、苦痛でしたね。反物から着分にカットして値付けして、品揃えセット
20~30着(1.00m~2.00mカット)くらいで、3~4種類を混ぜ合わせて出荷していました。
叉、女子学生服も東北中心に、オーダー(別注)で東亜紡とタイアップして販売しておりました。
そうこうしているうちに、1年が過ぎ転勤で北関東地区に赴任することになりました。東京・青山
の関東地域支社で毎週月曜日ミーティング、歩いて20分で六本木の繁華街があり、その頃は空前
のディスコブームで、たまには年代の近いもの同士で六本木界隈をウロウロしたものです。当時の
チョッと粋なディスコは、男女同伴(女性だけはOK!)でないと入店できなかったので、野郎ばかりの
われわれは、ディスコに入りたいばっかりに「アマンド」の前交差点で後輩がナンパをしてから、ディスコ
に行ったものです。その後輩は大した男で、グリコ森永事件のモンタージュによく似ているにもかかわ
らず、声掛け20回で1組話を聞いてくれたら良いほうだと言いながら、メーカーさんの若い男の子と
コンビを組んでナンパし、たいていディスコには一緒に入れていたので、月一位1年間失敗はなかった
かもしれません。埼玉の川越あたりに住んでいましたから、六本木まで1時間チョッとかかったように
思います。毎回朝5時ごろの始発に乗って、帰っていました。だいたい休み前に六本木へは行くんですが
売り出し前日に行った時は、喫茶店で1時間くらい仮眠しても売場に立ちながら寝ていたように思います。
当時の六本木はチョッとだけ大人の町でしたので、ディスコに入るのも服装チェックがあったように思い
ます。もちろん積極的にナンパをしていたのはわれわれのグループだけで、ナンパされなれていない
女性が多かったので失敗がなかったのかもしれません。ナンパ場所は「アマンド」前よりむしろ「ラブ」の
前あたりが多かった。ナンパ氏の後輩は、ディスコに入ってからはおとなしくて、われわれはほぼ好青年
で終わっています。ディスコが4時に終わり、地下鉄の始発まで1時間くらいが叉軽いナンパになります。
ジャック&ベティーやアマンドが最終でした。それから後に、ジュリアナ・マハラジャ・キング&クイーン・
ベルファーレなどが出来てくる。 つづく