対馬を基地にしょうとした露・・・昔、   歴史で習った気がして! | 情熱家・社長のブログ

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北方四島返還・・・二島返還も疑問です?

 

 

だって、土地(領土)が減る

・・・許さないよね。

 

 

身近な話、

自分の宅地・農地の一部

(10cmでも)が減ったり執られたら

怒るよね。

(領土=戦争)

 

(境界線騒動)

(ご近所付き合い無くなる)

(村八部)

嫌だねー本当!

 

 

 

さて

幕末(1861年)対馬の浅茅湾に異国船入港。

ロシア船368人乗り・・・船が破損の為

修理名目でその間乗組員上陸の申し出あり

 

これが事件の始まりとか!

 

幕府は安政五ケ国条約を結び、

横浜・長崎・函館の三港だけ。

 

ところが修理そっちのけで、

勝ってに測量・島内徘徊し、役人を殺傷し
小屋を建て、ロシア国旗を立て、一帯を占領。

 

 

ロシア艦隊の目的

英仏が対馬を占拠する為、この島を守っていくとかでした?

つまり租借が目的だね。

 

 

その前に

ロシアとトルコ・英・仏・が戦ったクリミア戦争(1853~56)

日本海で覇権を求め英露が対決

カムチャッカ半島からロシア太平洋艦隊・対する連合艦隊

クリミアで負け、インド洋への出口なし、こんどは太平洋に!

 

 

対馬は軍事上

・・・当時から重要拠点なんだね!

 

そー思うと

北方四島は軍事上

再々重要拠点だよね!

 

 

そして45年後、

日露戦争に勝てから

日本海に平和をもたらした。

 

 

こんな歴史思い出すと・・・

 

※ロシアの昔も今も考え方は変らないかも知れないねー!

返す気など、毛頭なしに思えるよ!

 

返還は到底むりだべない!

 

もしかして、

政府の外交パホーマンスかも!

まーどうでも居いけど?