小生の両親は山形県出身です。
小学生低学年の思い出を書いて見ます。
夏休みになると、
親の実家に遊びに出かけます。
と言うより・・・その期間預けられます。
汽車でしたD機関車の走る
線路音を聞きながら
(ドゴドゴーン・ドゴドゴンー)
そして,板谷峠のスイッチバック
(行った来たする装置)
石炭の煙に、むせり、臭いを嗅ぎながらです。
(顔や鼻の穴は真っ黒でした)
窓から遠くを眺め・・・
今生の別れ、そんな思いでした。
(長い汽車の旅・今は車でサーと)
妹2人は、
ケロンバーで楽しかった様です。
日中は、同じ年頃と遊びまくってました。
でもねー・・・
夜になると
悲しくて、寂しくて
夕食を済ませると・・・
涙が溢れてくるのです。
窓に腰掛けて南方向に向かって
「母ちゃん、母ちゃんとねー」
どしよーもなく涙がでるのでした。
妹も一緒に来てますので・・・
お兄ちゃんの「泣き虫、弱虫」と
散々、次の日言われてましたね。
でもねー
男て意外とそんなもんだよないー!
(おめだげだー)
その母親も90歳過ぎてます。
たまに会いますが
返ってくる答えは
「あんだーどごの人」です。
あんたの息子だ・・・!
「・・・そうがい?」
「首をかしげ・・・歳取ったない」
マジマジと顔をのぞくんだー。
(あだりめだーもーすぐ70だー)
呆け過ぎ!!
それ以外は健康
そんなもんだない。