僕の父親は、未熟でした。表面上は大人でも、精神面では完全な子供でした。

無邪気な子供だったらまだしも、ひねくらた心を持ってました。


そんな大人の元で育てられた子供は、我儘や甘えなど許されません


いや・・・、我儘を言ったこともあるんです。あるんですが、そんな事を言えば

父親の機嫌は突然激変して、ものすごく不機嫌になるわけです。そして大変なことになります。

小さい子供としては、親に見離されたら生きて行くことができません、

嫌でも、そんな親に従うしかないのです。

そして、いつからか父親の顔色を伺うようになり、それを境に自分の欲求や我儘を抑えて、我慢して、親のご機嫌をとるようになってしまったわけです。


健全な家庭ならば考えられないことでしょうが、親と子供の立場が逆転してしまったわけです。


そして、母親や親類からは、大人しくて我儘も言わずに「いい子」と言われるようになりました。


しかし、いい子でいることが普通になることほど恐ろしいことはありません、


そしていつしか顔色を伺うのは父親だけでななく、母親や友達に広がっていきました。


友達とゲームしている時も、自分が勝ってしまうと友達の機嫌が悪くなると勝手に判断して、わざと負けたしして友達を喜ばせました。


考えられない事だと思いますが、本当なんです。


いつしかすべてに気を使うことが普通になってしまったわけです。

心から落ち着ける時は、はっきり言って自分一人になる時だけでした。


とにかく人前で少しでも駄目な所を見せたら嫌われると思い込んでいたんです。だから友達といるのも疲れる。心が休まることがないんです。


今でこそ、仲間と酒を飲んで酔えば結構気を使わずに話せるようになりましたが、いまでも人に対してかなり気を使います。


結局、僕はずるい人間なんです。人から良く見られたいんです。


人から嫌われたくないんです。


そして、人と仲良くなるのはものすごく大変だけど、人には簡単に嫌われると

思っているんです。


頭でそんなことはないと分かっていても、身に染みているんです。

どうすることもできないんです。


本当に苦しいです。


だからこそ、いい子にしている人の辛さは、分かります。


確かに、人に嫌われたくないずるい人間かもしれません、


しかし、そうならなければ生きられなかった環境だったのです。


仕方ないのです。


子供の頃に我儘を言えなかった人、甘えられなかった人は、辛い人生を

歩んでいかなければならない烙印を押されたようなものなんです。


それでも、それを背負って生きていかなければならないのです。


このことを少しでも理解してくれる方がいれば、


「いい子」を演じている。挫けそうな心がどれほど救われるか分かりません