名シンフォニーホールとして確固たる名声のミューザ川崎。忘れてはならないのは、その日本最大規模のパイプオルガン。それを堪能する「パイプオルガン・スペシャル」の夜。
 



プログラムは、それをレストランのフルコースになぞらえての豪華で多彩なプログラム。しかも、新旧のホールオルガニストふたりによるダブルキャスト。



大木麻里さんは8年の長きにわたりホールのオルガニストを務められた。プレトークでも語っておられましたが、その任期中にコロナウィルスによるパンデミックが直撃した。私自身も、ここで大木さんを聴いたのは、ホール改修後のオルガンお披露目コンサート。それが大木さんの就任初の演奏だったはずのなので、最初と最終の演奏を聴くことになります。



この4月からは、澤 菜摘さんがホールオルガニストに就任されることになるわけです。
 



パイプ・オルガンというのは、5248本にも及ぶパイプを71のストップで切り換え、4段と足の鍵盤で弾き分ける。まさにその音色配合は無限と言ってもよい。だからホールオルガニストは、楽器という素材を知り尽くしながら調理するシェフというわけです。
 



そのシェフがお二人。聴いてみて目が醒める思いがしたのは、そのシェフの個性が際立つこと。シェフが違えば持ち味も、流派も違う。実際、大木さんはリューベックやデトモルトに学び北ドイツの伝統を受け継ぐオルガニスト。一方の、澤さんはリヨンで学んだフランス派。お二方を聴いてみて、同じ楽器であってもその音色や音楽の違いに目を瞠ります。その多彩さはパイプオルガンならではこそ。ダブル・シェフの贅沢の極みです。

演奏は、パイプ直下のコンソールとステージ上のリモートとの弾き分け。視覚が入ると面白いことに、音の響きがそれに引っ張られてしまいます。同じパイプが鳴っているはずなのに、上から降り注いだり、ステージから湧き上がったり。人間の目の錯覚というのは恐ろしいほど。

先ずは、クリスチャン・バッハの古典派的で端正なデュエットで心が軽やかに浮き立ちます。オードブルは大バッハの若い作品。しきりにフランス音楽を学んでいた頃でフランス語の音楽用語が付けられている。ここでは実はシェフお二人の仕掛けがあるのにまだそれに気づきません。

あっと思ったのは、スープのメンデルスゾーン。澤さんから大木さんの重厚な口当たりのアスィエットになってほんとうに目が醒める思いがしたのです。何とも言えない充実感のある温かい余韻と、これからメインに向かう期待が交錯するのです。

ポアッソンは、まさに海の幸。ド・グリニは煌びやかで洗練されたさわやかな口当たり。デュリュフレは、ずっと新しくて知性的。素材は一本なのに複雑なスパイスでくぐもった洗練と深みから上へと上昇していくように拡がります。
 



ソルベは、バッハのごく若い作品。真作と認定されたのはごく最近だとのこと。小さくてシンプルな見かけに、その後のドラマを隠し持っている。シェフのたくらみというのはしばしばソルベに潜んでいます。

ヴィアンドは、ブラームスとレーガーというど真ん中。しかもブラームスは、最晩年の虚飾の一切をそぎ落とした素朴な肉片がふた切れ。噛めば噛むほど味が出るような味わい深さ。そこから足鍵盤だけの小さなテーマが静かに歩み初めて、壮大な伽藍のような音楽へと拡大していく。メインディッシュへの道筋の巧みさに思わず酔いしれてしまいます。

フロマーシュは、ヴィエルヌとメシアン。これだけのご馳走なのだからもう食べられないと思いながらもついつい手をだしてしまう。延長の遊び心だからこそ洒脱が極まるの味わい。幻想的なヴィエルヌと強烈な個性と哲学が匂い立つメシアン。そういう思いがけないものの不意打ちを楽しむのもこれまたチーズ。

最後は、プロテスタントの剛毅さとカトリックの絢爛が交錯するウィーン、あるいはミュンヘンあたり。快活なビアホールの賑わい。最高に盛り上がりました。

ちなみに、ホール2階のドリンクコーナーで、シェフ大木のセレクトは、シュペートブルグンダー トロッケン、シェフ沢のセレクトは、トゥレーヌ ソーヴィニヨンだったそうです。


音楽への感受性が身体の中から湧き出してくるような、最高に楽しい一夜でした。




 



MUSAスペシャル・ナイトコンサート
パイプオルガン・スぺシャル
  〜オルガンフルコース〜

2026年4月21日(火) 19:00
ミューザ川崎シンフォニーホール
(2階2CA4列26番)

パイプオルガン:大木麻理、澤 菜摘
ナビゲーター:飯田有抄


【アミューズ】Amuse-bouche
J.C.バッハ:デュエット ヘ長調 op.18-6 (デュオ:大木、澤)
【前菜】Hors-d'oeuvre
J.S.バッハ:ピエスドルグ BWV 572  (澤)
【スープ】Soupe
メンデルスゾーン:オラトリオ『聖パウロ』op.36 から 序曲 (大木)
【魚料理】Poisson
ド・グリニ:『パンジェ・リングァ』から 讃歌をレシで  (澤)
デュリュフレ:アランの名による前奏曲とフーガ op.7  (澤)
【ソルベ】Sorbet
J.S.バッハ:シャコンヌ BWV1179  (大木)
【肉料理】Viande
ブラームス:11のコラール前奏曲 op.122から
      第10曲「われ心よりこがれ望む」
      第11曲「おおこの世よ、われ汝を去らねばならず」  (大木)
レーガー:トッカータとフーガ op.59-5, 6  (大木)
【チーズ】Fromage
ヴィエルヌ:『24の幻想的小品集』から 夜の星 op.54-3  (澤)
メシアン:『栄光の身体』から 栄光の喜びと輝き  (澤)
【デザート/カフェ】Dessert/Cafe
<デュオ> ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番 WoO1  (連弾:大木、澤)