年の瀬もあと1時間に迫った夜・・・
みなさんいかがお過ごしでしょうか?
私はというと、家族旅行で泊まっているホテルで紅白をみながら、さきほどの大島優子のAKB卒業の緊急発表に度肝抜かされているところであります。
マージでかーーーーーー!!!!!
来年の総選挙どうなってしまうのやろ?

今日はー
ディズニーシーに行ってきました。
甥っ子姪っ子達とは初めてのディズニーリゾートだったのですが、グッダグダw
やっぱ、乗りたいものは決めておいて無駄な移動減らさないと~(;´Д`)
足腰痛いわー

というわけで、明日はディズニーランド。
とりあえず、おおよそのルートは決めたから、がんばろう!



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激しく久しぶりのブログは、昨日・今日の出来事のまとめ。
ツイッターてちょこらちょこらつぶやいていたけど、オンライン友達のカボチャが何を思ったのか

「福島に旅行に行こうかと思ってる」

とかいいだして、あれよあれよとその日が来てしまったのです。
その話をしたのがおよそ3週間くらい前?(記憶にないけど)
構想も計画もあったもんじゃない。

「なにしたいの?考えといてね」

って言ったのになんも考えねーから、結局私が考えて各所連れて回った。

とりあえず、カボチャの希望は、ついてすぐ『風呂に入りたい』だったもんだから・・・・
朝の8時に入れるような施設はそんなにねーよ!ってことで、土湯温泉連れてった。
それなら・・・と福島と行ったら鶴ヶ城という連想が浮かび、会津に連れて行くことは決まったのです。
土湯温泉では、霧がひどくて肌寒くて髪の毛うねりだしてさんざんだったw
だが、カボチャは意外と温泉好きだとその時聞かされ・・・

「もっと早く言えよ!Σ( ̄皿 ̄;; ンガァーーー!!!」

と叱咤。
福島に住んでるのに土湯温泉に来たことがない私も新鮮だったから良いけどw
温泉街をちらっと見て回って、温泉卵の試食ができるとこがあったから頂いてみたら、えらく美味く感じて、温泉卵買うたw
朝ごはん食べてなかったから余計に美味く感じたんだろうな~
そのあとふらふら食べ歩きとかして一路会津へ。

これまた、福島に住んでるのに、会津に行くのはおよそ3度目。
しかも自分の運転で行ったことないから、スマホをナビにして向かったさ。
途中、猪苗代で世界のガラス館に立ち寄りました。
ずっと来たかったのよ、ここw
キラキラ輝くガラス製品がたくさんあってテンション上がったわ~
水槽に入れられそうなもの探して、イルカの置物買ったよ。
そしたら、目の前に河京のラーメン館があったからそこにも寄ったよ。
そこではラーメンの試食しか食べなかったけどw

ガラス館を出ていよいよ鶴ヶ城に~
これまた、福島に住んでるのに鶴ヶ城に来たことがないオレw
天守閣には登らなかったけど、周りをふらっとしてきた~
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いや~~暑かった( ; ゚Д゚)

鶴ヶ城を後にして、福島に帰ることにしたんだけど、時間に余裕があったから、天気も良いし、浄土平に寄ろうと向かったさ~
相変わらず超山道!
上って上って、曲がって曲がって久々にやってきた浄土平!
活火山の煙、量が増えてねぇ?!
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なんて思いつつ、久しぶりに吾妻小富士を登山。
スイスイ登ってくカボチャの遥か後ろを息を切らせて登ったよっ!(" ̄д ̄)けっ!
でも、登りきるとすがすがしい気持ちになりました~
カボチャには、吾妻小富士のお釜周りを一周させましたw

その後のカボチャの感想は~

「めったに出来そうにない体験やった」

って、喜んでくれたよw
よかったよかった。

福島に戻って、友人チーフと合流して焼肉食べに行きました~
いや~くたびれたε- ( ̄、 ̄A) フゥー

2日目~・・・つまり、今日w
まぁぁぁぁぁったくなんにも考えてなかったけど、焼肉んときに相談して、温泉好きなカボチャのために、今度は飯坂温泉に行くべ!ってことになったんだけど・・・
これこれまたまた、福島に住んでるのに飯坂温泉行ったことがないというw
そりゃ、所要で通り過ぎたことはあるけど、湯に浸かることはなかった。
天気も良かったし、私は私で土湯温泉で足湯に入れなかったリベンジが目標~
いや、天気良すぎ!!
めっちゃ暑かった!
日傘とか用意しておくべきだった・・・
今年の夏は日傘買おう。
2日目の今日は、ちょっとのんびり過ごしましょう、と飯坂温泉がメイン。
とりあえず、車を駐車場に停めて、徒歩でぶらっと見て周り、カボチャが2件の日帰り入浴施設をチョイス。
ちょうどその近くに足湯施設があったから、私はそこで休むことにした~
とその前に、昼食。
どこで食べようか~って迷っていたら、通りすがりの男性にここのラーメン美味いよ~と声をかけられたので、じゃあ、そこで食べようと入店。
うん、美味かったよ、熱中症対策にもなったしw
そのあとカボチャが風呂入りに行ったのを見届けてから、私はいいことを思いついた。
足湯に浸かりながらアイス食べようw
コンビニでカップのかき氷を買って、足湯に浸かってパクつくw
いや~~天気も良いし、ちょうど日陰だし、激しく癒しのひと時だった!
だが、意外と湯温が熱くて足真っ赤になってもうたw
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そうこうしてるうちにカボチャが出てきたから、次の入浴施設へ~
そう、日帰り入浴施設のはしごですw
よくやるな~と思いつつも、好きにさせよう思って、また私はすぐ近くの足湯に・・・・
入ろうと思ったんだけど、先客がおって、入りにくい感じだったから、すぐ横のベンチで休んでました。
っつーか、道路沿いで周りの目が気になってしまうわ(^_^;)
ボーっとカボチャのこと待ってたら眠気が襲ってきたもんだから、ちょっとウトウトしかけていたら・・・・
変な男に声をかけられました。
いや、見た目は変ではなかったが、言動が変だったw

「瀬の上って知ってますが?どう行けばいいんですか?」

そう言われたときは旅行者かなんかで道聞いてるのかな~?って思ったんだけど、
話は全然違う方向に。

「久しぶりに会う人と、どうすればギクシャクしないで話せますかね?元気だった?とかですかね?」
「どうすれば女の人と出会えますかね?最近彼女と別れて・・・・」
「いきなりホテル行こうとかはやっぱマズイですよね?どうすればそういう方向に持って行けますかね?」

とか、コイツなんなんだ?!って心の中で激しく思ってたw
ナンパ・・・ではないよね?
ただのアンケートか?w
と思いつつ、とりあえず、瀬の上への方向を示唆してやってその男は去って行った・・・・
マジ、なんだったんだw
っつーかカボチャ、遅ぇよ!
かれこれ40~50分くらい出てこないってw
出てきてすぐこの話してやったら苦笑してたわw

飯坂温泉を堪能して、カボチャが行きたいというから万SAI堂連れてった~
そこで時間つぶして、夕飯は目の前のぼう回転寿司。
2日間で好物の1位2位食べたー!
って、二人でこれからの生活がひもじくなるのを覚悟w

夕飯食べ終わる頃にはだいぶバスの時間も近づいていたので、福島駅東口に行って、カボチャのお土産選びを~
前に私がくれてやったままどーるに、えらく感動したカボチャはそれを同僚へのお土産にしようと決めていたみたいだったので、ままどーるを買い~
私は、カボチャのご家族にってことで、飯坂温泉名物のラジウム卵と土湯温泉で食べておいしかった燻製卵を買ってあげました。
来た時より荷物増えるって大変ねw

夜の8時。
高速バスにカボチャが乗り込むのを見届けて、私も帰路~
途中パチってきたけどw

ラインで今回のお礼を飛ばしてきたあたりが大人になりましたね、カボチャ君・・・・w
福島には、まだ高湯温泉が残ってるから、また来いよ~~~!

と、こんな2日間でしたっ!
疲れたけど、私もたのしかった~~~♪
久しぶりの日記は東日本大震災から丸2年が過ぎ、3年目を迎えるにあたって、私自身、震災があったことを風化させないためのもの。

あの震災で被害に遭われてお亡くなりになった方や、仮設住宅に避難なさってる方はまだまだたくさんいらっしゃるでしょう。

私は、家族の誰一人犠牲になった者はおりませんでした。
でも、長年住んで、家族や友人たちとの思い出がたくさん詰まった実家が地震には耐えられなかった。
屋根瓦がほとんど崩れ落ちて庭や道路に散乱してるのを見て愕然とした。
車を近くに停車させて落ちた瓦を踏みつけながら家ん中に駆け込んだら、とても素足では入り込めない状態で、土足で家ん中に入った。
寝た切りの祖父と、母、介護に来ていた伯母は家の中にいたけど無事だった。
当時妊娠していた妹E美は近くに住んでいたアパートに一人でいたが無事で、不安を感じて実家に来ていた。
このときほど、近くに住んでいてよかったと思ったことはない。
父は割と近くに職場があって自転車で通っていたのが幸いして一度家の様子を見に帰ってきたが、JRの下請けな仕事なため会社にトンボ返り。
その日は帰って来れなかった。
妹E美の子供二人は近くの保育所に預けていたが、すぐに迎えに行って無事だった。
妹E美の旦那も職場から無事だと連絡があった。
残る末の妹M美は安否が確認できなかった。
電話がほとんど繋がらない状態で、安否確認できないまま一夜を過ごしたのはものすごく心配だった。

電気・ガス・水道がすべてストップしていまったその夜はそれまで生きてきた中で感じたことのない『恐怖』
暗闇の中、残り少ないケータイの明りとロウソクの明り。
石油ストーブがあったのが救いだった。
それがあったから冷凍食品を回答して食べることができた。
なかなか繋がらない電波状態でケータイから無事を伝える日記を書いた。
何度もの余震と、そのたびに鳴るエリアメールで寝ることなんかできなかった。
夜明けで薄暗いとき、外でバイクの音が聞こえて、もしやと思って玄関先に出ると新聞配達がやってきた。
こんな状況でもいつもと変わらない新聞配達に感動した。
受け取った新聞で、初めてこの地震のすさまじさを知り背筋が凍った。

震災の日に合わせて震災特番が多く放送されているのを見ています。
津波で家族を亡くした人、家を亡くした人。
もしもそれが自分の周辺で起きていたら?
家族が津波にのまれ、家が流されたら?
想像するだけで涙が出てきます。
でも、『想像』だけではなく、現実になってしまった人がたくさんいて、今もまだその傷は癒えていない。

あの日から丸2年。
実家は妹E美の家族が継ぎ、2世帯住宅として新築。
私と、妹M美は実家を出てそれぞれ別で一人暮らし。
縛られない生活はラクだけど、それでもやっぱり時々ふと寂しくなる時がある。
できることなら、家族と一緒に暮らして、親と語らい、甥っ子姪っ子とふれあっていたかった。
いい大人が、って言われるかもしれないけど。

あの震災で、いつ何時何が起こるかわからない。
だからこそ今を大切に、って思うようになった。

このブログをご覧いただいた方も絶対にあの震災を風化させないでほしい。
そのうえで、『今』を大切にって思えるように生きていってもらいたい、と切に願う。