昨日


専門学校の教員を「していたときの先輩が東京にきたので、食事した。


48歳の大先輩。子どもも2人


いまは、学校をやめて大学院の博士課程。研究がたのしいといろいろ教えてくれました。


千葉にきて、元気にしてますとお手紙を書いたのがきっかけで今回食事。


きがついたら23時であっというまでした。


研究の話はとても面白い。とくに裏事情を聞けるのはとても好きです。


いいなあ。勉強も研究のためならできるのかなあ目



そういえば、専門学校の教員として仕事していたころ、教育学とか、きちんと勉強をしていない私が


社会人経験だけで仕事していていいのかなあと思っていた。


もちろん、教員のための研修があるのだけれど、それをうけられるのは少し先の話しだったので・・・


そして、うけられたとしても研修だけで人に教えるってどうなんだろうとおもっていた。


もちろん、現実的には専門職として働ける職業人を育てるための学校は必要だ。


でも、そこにある学問の形には少し疑問をかんじた。


習慣的に学ぶこと(たとえば、弟子入りして庭掃除からはじめて数年で少しずつ仕事をみて覚えて・・・みたいなこと)


座学で学ぶこと


どちらも必要だけど、どちらも備えることは難しいのだろうか・・・バランスよく。


もちろん、たった半年の1箇所の様子で話をするのは偏りがあるのかな。


勉強したいな。


でも何のためにするのかがまだみつからないなあ。