3/11は、一人で2時46分を迎えてそっと黙祷。
これまで伺った、名取、南三陸、気仙沼、石巻、女川などで出会った、
仮設住宅の子供達やおばあちゃん達がポツリポツリと話してくれたことを思い出しながら、
皆さんがちゃんと現実を受け入れて耐えてその中で暮らしている様子を思うにつけ、
何かできることはもっとないのかなぁって自問自答。
私ができることは、色とかメイクとか、それしかできないけど、もっと役に立てないのかなとはがゆくもなる。
最近新聞紙面で急に、福島原発事故が毎日取り上げられるようになったけど
どうしてこれが2年前の原発事故後すぐじゃなかったのかなぁとよく思う。
チェルノブイリのとき、隠匿する報道を揶揄していたのに、
日本も同じだったとは。
3/9に、偶然見た、NHKのお昼のニュースで
11月のイメージアップセミナーで講演をしてくださった、福島から愛知に自主避難されている小野佳奈さんの、
6年生の双子の娘さんの卒業式の様子が報道されていて、
インタビューを受けた2人が、ハンカチで目元を押さえながら、
『アーちゃんがいなかったら、こっちの学校でもずっと福島のことばかり考えて悲しい気持ちになってたかもしれない』
『ユウちゃんがいなかったら、こっちの学校でちゃんと自己紹介できなかったかもしれない』
と、涙しながらもきちんと答えてた様子に、
涙が出た。
6年生なりの生活があって、思い出をそこでつくるはずだったのに、
できなくなってしまったことを、子供は受け入れざるを得ない。
小野さんが講演で話してくれたことを思い出した。
原発事故で起こったこと、それはコミュニティの破壊だった。と。
『人体に直ちに影響はない』と繰り返される報道の中で、
そこに住む方たちの理解の差が、
考え方の違い、行動の違いになり、コミュニティの破壊につながっていると。
避難する人しない人、補助金の線引き、
自主避難の行動は『また会おうね!』という笑顔と再開への約束付きのお別れではない。
故郷を捨てて逃げたなどと、そんなことを思う必要はないのにと私たちは簡単に思うかもしれないけど、
当事者になれば自責の念があるのかもしれない。
つらいだろうな。
福島は遠くて、
岐阜に住む私たちには、当事者の現実は読めていなかった
11月のイメージアップセミナーでの小野さんの講演は、
私たちの心にかなり刺さった。
当事者でないと語れないこと。
『知らなかった。。。。』という感想。
色んな勉強をさせてもらいました。
・震災当初、野口美佳さんの矢も楯もない行動力に感動して支援物資を集めたこと。送ったこと。
・何とかして現地で何かさせてもらいたくて、
応募して名取でメイクボランティアさせてもらったこと
・加藤秀視さんの愛知での講演を聞いて、速攻で連絡し、見知らぬ私からの連絡に、お忙しいのに秀視さんからすぐにお電話いただいたこと。南三陸へ伺ったこと。
・南三陸の現状を見て心がぎゅーっと握りつぶされるみたいな気持ちになって、これを子供たちに見せなくちゃと思って、ワカメツアーを企画、私一人じゃ実行できなかったけど、わおんの陽之助さんの協力で実現できたこと。
・そのツアーの帰りのバスで、中学生の子たちが、『思ってたのと見るのでは、全然違った。本当に行ってよかった』と口々に言ってくれたことが嬉しかったこと。
・横山さんが支援する石巻の仮設住宅を回ったこと。
・女川の様子が一年前とあまりに変わってなくて絶句してしまったこと。
・でも仮設の人はがんばってて漁が再開したサンマが美味しかったこと。
・支援仲間ができたこと。
・福島から避難された小野さんの話を聞き、心が痛くなり、いてもたってもいられず、これを聞いてもらわなきゃと思ってすぐに講演を依頼したこと。小野さんにイメージアップセミナーでお話をしてもらえたことは本当に良かった。
まださせてもらえることはいっぱいあったと思うから、
これからも何かさせてもらいたい。
被災地は、少しずつ見た目も心も変化してるけど、
いつ伺っても、劇的な見てわかる復興はあまり感じられなくて、
まださせてもらうことはたくさんある。
お役にたてるなら何でもしていこう。