今日の中日新聞、社会面の『虹』のコーナーに、
母の短歌のことが、掲載されました。
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(中日新聞 2012/7/10 朝刊)
全国版の社会面でしたが、
朝の7時から!!
私の携帯が鳴り始めたと思ったら、もう鳴り止まない。
切っては鳴り、切っては鳴る。
午前中いっぱいは、顔を洗う暇すらないほど、
これほどまでにすごい反響になるとは、
正直思っても見ませんでした。
受話器の向こうで泣きながら『感動しました』と、言ってくださった方が、
何人いたことか。
■ご自身もご高齢で歩くことが出来ないおじいちゃんやおばあちゃんからも。
■お母様を亡くされたという私と同世代の方からも。
■同じ病気と診断された親族をお持ちの方からも、
■伊勢の伊勢神宮お膝元の神社の宮司さんや、(偶然私が以前、禊を行った神社の宮司さんでした)
たくさんの方が、新聞を見て、お電話をくださいました。
母の現状は、『不自由』という表現を通り超え、自由は皆無に等しく、
状態からすれば、生きているとは言いがたいほどのもの。
しかし、生きている。
生きているからこそ、思いが人の心を打ち、涙させている。
母の病気がALSと判明し、病状があれよあれよと進んでいた頃、
大変という言葉では言い表せないほど、
本人も家族もボロボロになり、
全員、身も心も疲れきっていました。
辛いことは数え切れないほどあったし、今もまさに試練の途中です。
しかし、家族の絆は前と比べものにならないほど強くなった。
このすごい病気がやってきたことで、
出来たご縁も数知れない。
今日新聞を見てお電話をいただいた方は、お会いしたこともないけれど、
涙しながら心と心を合わせた会話ができた。
それもご縁。
そう考えれば、
病気のおかげで、かけがえのない良いことも、
幾つかあったのだと言えるのではないかと
そう思えてならないのです。
母は健康なときは生活に追われる主婦でした。
短歌を書くなどということはなかっただろうし、
ましてや、
母の本が世に出るなどということは、考えられなかった。
大儀なことなど口に出したこともなく、
使命感があるわけでもありません。
でも母は、
人は、たとえどんな状態であれ、『生きてこそ』何かを生み出せるのだと、
今は後姿で教えてくれています。
母自身には人を啓蒙しようとか、教えようなどという気持ちはさらさらありません。
ただ、
残り僅かな灯火の命だから、
できるだけ多くの感謝を伝えたいのと、
気持ちを伝えたくても伝えられないから、
できるだけ心の内を知ってほしいという気持ちがあるだけ。
私はそれを全力で応援していきたいと思う。
そうすることで、感動してくれる人が人がいるから。
母の本は母のような状況にあっても、こんな思いを持っているということを人に知ってもらいたくて出したものなので、
利益を考えない値段設定になっています。
だから売れても金銭的に潤うわけではない。
しかし、感動を伝えてくれる人がこれだけたくさんいてくれるということは
大きな財産に違いなく、
金銭どうこうとは違うところに観点がなければ、
お金の流れだって着いてこない。
私のやるべきことは
母の本を多くの人に読んでもらうことで、生きる力をもってもらうこと、、
外見のチカラから、生きる心の強さを掴んでもらうこと。
人の心に『生きる』ということを伝えていくこと。
自分に素直に、
心地よく、
まずは自分に感謝して、
そして周りに感謝して
生きて行けば心はどんどん芯を強くし楽になる。
そんな楽な心になるために、
母の短歌で、
こんな風に生きている人もいるんだって、思ってもらえたらと思っています。
去年、私の40歳の誕生日に病院で母と撮った写真。
この頃はまだまだ表情がキレイ。
(顔を抑えていてあげないと、首が倒れてしまいます。)
今年も一緒に撮りたいです。
こんなにたくさんの人に興味を持っていただけるとは、
正直思ってもみませんでした。


