■母と短歌と私 | 色とカタチのカラー診断=自分スタイルは強く優しく無敵です=

色とカタチのカラー診断=自分スタイルは強く優しく無敵です=

作りこまなくていい。そのままでいい。
本当の自分らしい見た目は、印象が良い。
心を強く優しくし、人間関係も改善し、人生は豊かに健康になる。
自分の魅力を外見から伝えましょう♪

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母の本が出てからというもの、


難病のALS患者である母が、正常な意識を保ちながら、


手足を動かすことも、話すことも、自分で呼吸することも出来ない体で、

こうして短歌を書き続けていることを多くの人に知ってもらうこととなり、


地域誌から、新聞社さんまで、

色んな記者さんが取材にお越し下さっているようで


ベッドサイドに色んな名刺がありました。



母は最近、それがどうも自分にそぐわず、居心地が悪いようで、

新聞の記事は小さくしてもらいたいとか、

あまりおおげさに書かれたくないとか、

パソコン画面で語ってました。



『でもね、こんな風に動くことも話すことも出来なくなってから、新しい知り合いが出来る人、なかなかいないよ。この短歌で勇気付けられてる人いっぱいいるからそうやって記者さんがきてくれるんじゃない?』って言ったら、

『そっか』って顔で、表情をゆるめて、笑ってました。(もう表情もだいぶなくなってきたけど)


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母の日常はあいかわらず、
動けないし、話すこともできない。ペンを持つことも出来ない。


そんな体だけど、

一句作るのに気が遠くなるような時間をかけて、

今も、自分の気持ちを短歌に書き続けています。




私はイメージアップセミナーが近づくと、


自分自身が忙しすぎて、

いっぱいいっぱいになってしまい、

実は最近頭の中がパニック気味で、

周りを見る余裕がなく、

視野が超狭くなっているように感じていたのです。


でもね、

母のお見舞いに行くといつも、



そんな風に時間の川に流されておぼれかけてアップアップしてる自分に気付かされるのです。



で、『歩ける』とか、『人と話すことができる』とか、『こんな風にパソコンを使える』とか、

小さなことが感謝すべきことなんじゃないかとか、すっかり忘れてしまってたことを思い出させてもらう。



小さなことに感謝して、

自分のキャパに無理なく動けば、時間の川の流れを自分で作れるんだと気付く。



自分が流れを作る川は小さいものかもしれないけど、

自分にとって心地良い流れだなぁと感じる。



お見舞いに行くといつもは母、

『また来てね、待ってる』ってパソコンに書き、

そしてどうしてもとめられなくて、涙をぽろぽろ流します。

本当に次また会えるか分からないから。



今の母の状態は、正直、生きているとは言い難いほどのものです。

意識だけが正常で、

いつ消えてしまうか分からないような灯火の命だっていうことを、

母自身が常に理解しながら、生きてる。



それでも『生きてこそ』できることが、あることを、

私はいつも、間近で学ばせてもらえる。



当たり前のことなんて一つもなくて、

全部感謝すべきなんだと、

思い出すのです。



今日は母に、顔と頭と、手のマッサージをしてあげました。

とても気持ちよさそうでした。



もう40ですが、

私は思春期にはものすごい反抗期の激しかった娘で、

母とは葛藤というより、戦いの日々でした。



こんな風に、穏やかに流れる時間の中で、

ゆっくりマッサージしてあげたり、ゆっくり一文字づつ、ディスプレイに浮かび上がってくる、母が打ち出す文字を見ながら、会話(?)をしたりすることができるようになったのは、



これはある意味、病気のおかげさまなのです。



母は最初、病気を恨んでいたけど、今はそんな感じではありません。

そんなことより、とにかく周りに感謝を伝えたいようです。



いつ伝えられなくなるかわからないから、とにかくたくさん、『ありがとう』を伝えたいと思ってるのが分かる。




入院できていることもありがたいし、看護婦さんは毎日複数体制で看てくれていますが、

母の日常は、


オムツを替えて欲しくても、看護婦さんが忙しいし、ナースコールを押すことが出来ないので、

何時間も放っておかれてしまうこともあります。



寝たきりで、常に口から唾液が流れ出てしまうので、ティッシュを口の下にしかないと、衣服までがベタベタになってしまいます。自分でティッシュを替えられないし、ナースコールでそれを頼めないから、いつも肩の辺りが唾液でベタベタに塗れてて、パジャマがベタベタになってしまっています。

もちろん、気付いたときは看護婦さんがティッシュを替えてくれますが、つきっきりではいられないから、

パジャマがベタベタのままなのはほぼ日常。



タンを吸引してもらいたくても、ナースコールで呼ぶことができないから、看護婦さんが忙しいと、長い時間、むせて苦しんでいることもあります。そんなのしょっちゅうというより、いつも。



それでもそんなこと少しも恨みがましく言いません。



最初の頃は、私たち家族も、看護婦さんにちゃんと見て欲しい!と複雑な感情があったのも事実。


でも母自身は看護婦さんの忙しさも良く分かっているのです。



そんな我慢できることぐらいいいのよ。と思ってる。

服がベタベタになってることくらい少しも気にしてません。


傍からみると、タンが絡んだときのむせ方は命に関わるのではないかと思うほどだけど、

そんなことで文句を言ったこともなく、本人は不満も感じてません。



強いでしょ。



だからあそこに行くと、

いろんなことが感謝すべきことなんだと気付かされる。




私は口を閉じていることができ、唾液を口から流しっぱなしにしなくても生きていけてる。

私はなんと歩ける。

私はなんとしゃべれる。




だからやるべきことをやれるうちにやらなきゃと思う。



時間の川でおぼれてないで、

自分で自分の時間の川を流しながら、やることを着実にやっていかなきゃって思う。..




残された時間が少ないのは、

母だけじゃないから。




人生は色んな形があって、

私だっていつどうなるかわからない。




自分が生まれてきたのには誰でも理由があって、

それは人それぞれだけど、

私は自分のやるべきことをやる。そのために生まれたから。

『生きてこそ』できることがある。



母はそんな大儀なことを口で言う人では絶対なかったし、

そんな褒められたことをする人でもなかったけど、




言わなくても、今はその姿で教えてくれてる。




私は母に教わってる。