「ねずさんの ひとりごと」様より転載です


http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1846.html#more




防護巡洋艦高千穂


ベレットのブログ





大正3(1914)年、第一次世界大戦中のできごとです。

支那北部の山東半島の南海岸にある膠州湾(こうしゅうわん)の沖で、ドイツ海軍を海上封鎖する任務に就いていた日本の巡洋艦「高千穂」が、ドイツ海軍水雷艇の雷撃を受けて沈没しました。



実は、日本海軍の軍艦の中で
、敵との交戦で撃沈されたのは、この高千穂が最初の艦です。





高千穂はたいへん優秀な艦で、明治23年に任務について以来、日清戦争では黄海海戦、大連・旅順・威海衛(いかいえい)の戦い、澎湖島(ほうことう)攻略作戦に参加し、また明治33(1900)年には義和団の乱で廈門(あもい)警備に従事、日露戦争では仁川(じんせん)沖海戦、蔚山(うるさん)沖海戦、日本海海戦に参加して武勲をあげています。



そして第一次世界大戦では、ドイツ帝国の東アジアの拠点である青島(ちんたお)を、日本とイギリスの連合で攻略した戦闘に参加し、山東半島南側の膠州湾での海上封鎖の任務についていました。



ところが、10月18日の午前1時頃、ドイツ軍の水雷艇「S90号」が発射した魚雷2発命中し、これが高千穂が搭載していた機雷に誘爆。

3名の生存者を除き、艦長以下322名がお亡くなりになっています。



このときに高千穂の所属した紹介部隊の岡田啓介隊長が、高千穂の仇を討とうと、水雷艇を港内に侵入させて攻撃を行うように命じ、自らもその攻撃隊に同行したのですが、ドイツ軍の警戒があまりに厳重すぎ、決行できずに終わっています。

いいかえれば、それだけ高千穂は、危険な水域で任務にあたっていたわけです。



岡田啓介は、戦後「高千穂」沈没地点に赴いて、盛大な追悼法要を行っています。

部下の死、そして日本海軍初となる高千穂の沈没の悲しみは、後に第31代内閣総理大臣になる岡田啓介にとって、身を斬られるより辛いできごとであったのだろうと思います。



艦と運命をともにした高千穂の艦長は、伊東祐保(いとうすけやす)海軍大佐です。

この方は佐賀の鍋島藩主直系のお血筋にあたられる方で、生まれは明治2(1869)年、海軍兵学校では日本海海戦で有名な秋山真之(あきやまさねゆき)と同期の方です。


伊東祐保艦長


ベレットのブログ




大名の家柄の人といえば、いわゆる門閥だけで出世した人であるように思われるかもしれませんが、実に真逆で、伊東大佐は、気の荒さでは海軍一の水雷部隊で下積みをし、戦地においては常に身の危険を顧みずに最前線に赴いて陣頭指揮を執る、勇敢な船長であり、しかもお顔にあらわれているように、とても部下思いの優しい艦長だったそうです。



こうしたことから、高千穂の乗組員たちのご遺族は、伊東艦長のご遺族とともに、高千穂沈没後に高千穂会を主催し、毎年10月18日のご命日に、みんなで靖国詣を続けてこられました。

高千穂の沈没から、すでに99年が経ちますが、この高千穂会は、実につい最近まで、ずっとご遺族らによって続けられていたのです。



けれど、ご遺族もご高齢となり、そして99年の歳月は、多くのご遺族の方々を天国へといざないました。

そして昨年10月の高千穂会では、参列者はついに、たったひとりになってしまったのだそうです。



民族の歴史というのは、民族の記憶です。

記憶喪失の人が、通常の社会生活を営めないのと同様、記憶を喪失した民族は、世界の中で通常の国家として存続することは困難です。

けれど実際には、日本は、かつての日本の記憶をまるで失いつつある。



米国で、アラモ砦の戦いといえば、誰もが知っています。

歴史の浅い米国でさえ、いまから200年近い昔の玉砕戦を、いまだに勇敢な物語として伝承しているのです。

けれど、日本は、高千穂の記憶さえも、いまや忘れ去られようとしている。

これでいいのでしょうか。



世界の国々は、自国の武人たちのことを誇らしく顕彰しています。

「自由の国」を標榜する米国でも、いまから200年近くも昔のアラモ砦を守った人たちのことを歌に、映画に伝えています。

硫黄島で戦った兵士たちも、銅像にして讃えています。

硫黄島は米国領ではありません。

けれど直接自国を守るのでなくても、外国との戦いに勇んだ軍人は、国の誇りであり宝なのです。



永世中立国のスイスでは、フランスのルイ王朝を守って戦って死んだスイス傭兵たちの武勲と節操をライオン像に託して、いまも残しています。

戦って生きても、戦って死んでも、その栄誉は語り継ぐのが世界の国々の常識なのです。



にもかかわらず、日本だけがそれを止めてしまっています。

その結果、子どもたちは自分の国を誇ることを知らず、その子どもたちが長じて、国軍の長であることを知らず、世界に恥をさらす政治家に育っています。



日本を取り戻す。

その戦いは、ようやく端緒についたばかりです。