「人として当然」
「普通は」
「一般常識として」
家族であれ、友達であれ、人と接するときは「人としての常識」が問われる。
だから、誰とも関わりたくない。
誰とも会いたくない。
でも、周りの人は私に関わろうとする。
だから私は手首を切った。
でも痛くて、痛くて、嗚咽をするほど泣いて、死ねない自分が情けなくて、死にたいと死ねない狭間でぐるぐるしていた。
ぐるぐる。
母が私のマンションに来て、私は強制的に実家に帰った。
そして、約1ヶ月が過ぎようとしている。
まだ、死にたい。
でも死ねない。
「人として当然」
「普通は」
「一般常識として」
家族であれ、友達であれ、人と接するときは「人としての常識」が問われる。
だから、誰とも関わりたくない。
誰とも会いたくない。
でも、周りの人は私に関わろうとする。
だから私は手首を切った。
でも痛くて、痛くて、嗚咽をするほど泣いて、死ねない自分が情けなくて、死にたいと死ねない狭間でぐるぐるしていた。
ぐるぐる。
母が私のマンションに来て、私は強制的に実家に帰った。
そして、約1ヶ月が過ぎようとしている。
まだ、死にたい。
でも死ねない。
今日は面接。
色々脳内シュミレーションして、挑んだ。
しかし、実際会ってみなきゃわからないのが、面接なのである。
まずは、空間。
どんな場所で面接をするか、で自分の緊張感やリラックス感が大きく変わってくる。
今日の面接は…壁が白すぎた。
次に、質問内容。
志望動機はもちろん大切だが、応募要項に記載した内容と合っているかも重要。
今日の面接は…応募要項とは違う人物像を求めていたと感じた。
最後に、相性。
就職は結婚のようなもの、だと思っている。
(結婚したことないけど。)
今日の面接は…お一方キツイ印象だった。
「体力が必要ですけど、大丈夫ですか?」
という質問は愚問である。
「あります!」と答えるしかないじゃないか!
そして、そういう人を求めているなら、是非応募要項にも「体力に自信ある人」と書いて欲しい。
決して、面接がうまくいかなかったからといって、こういうことを書いているのではない。
むしろ、私は人事で、採用していた経歴がある。
もちろん、それは職務経歴書に書いてあるが、採用担当者の方々はそこをちゃんと見ているのか?
人事の方々が私を見ている分、私はあなたたち、そしてあなたの会社を見ている。
ここではどこの企業、どんな職業に応募したかは書かないが、親や友達には話してある。
そして、ここでこういう会話が生まれる。
友達「そういえば、この前の面接どーだった?」
私「うーん、人事がきつくて印象悪かったよ。落ちて良かった。」
友達「え?そうなの?なんかショック…。」
私が人事で採用していた時は上司と「会社も応募者もWIN-WINな関係にしよう」というのが約束だった。
まずが私たちが応募者たちを迎える顔になる。
仕事の厳しさなどはのちの社長面接でわかってもらいたい。
愚痴のようなブログになってしまったけど、久々に社会と繋がっていい経験になった。
今回はおそらくご縁がなかったし、あったとしてもお断りをする。
明日からも就活頑張ろう。