精神が体力の限界を超える瞬間
金曜日から日曜夜まで、静岡の山にて合宿研修でした。今回はプロジェクトチームでの取り組みのため、いつもと違う新鮮味があり充実した3日間でした。
アクティビティーの一つに、42kmのウォークラリーがありました。
まさに、チーム力が問われます。そして、長距離であれば並みならぬ体力も必要です。歩いても進んでも、ゴールが見えず途中リタイアしてしまうチームも少なくありません。当日、約半分のチームが残念な結果になってしまいましたが、珍しいことでもないのです。
リタイヤしてしまうチームがある一方で、「勝つ」チームも存在します。勝つチームとそうでないチーム、何が違うのでしょうか?
多くの人材育成現場に関わる身として、直面してきたのは「人が自分の限界を勝手につくってしまっている」ということ。本来はもっと能力があるはずなのに、「自分ができるのはここまでだろう」と見えない壁をつくってしまっているケースです。「自分はとても頑張った」と満足することがあったとしても、他人から見たらまったく評価するに値しない場合もあるかもしれません。そして、本当に起こっています。これこそ、勝手に自分で限界をつくってしまっている典型例です。
かくいう私も、自分の限界をつくっていないか、というとウソになります。きっと未知のことは成功回避が働くからでしょうか。本当に自分は甘いなあ、どうして勝手に「できない」と壁をつくっているんだろう。自戒の念に駆られます。
ウォークラリーは正直、とても辛いです。体がこれでもか、というくらい硬くなり、疲れ果て、もう足が前に進まないことも。絶望さえも感じるでしょう。私も山歩きで何度も経験済みです。けれど、そのような極限状態でも前に行ける人とそうでない人がいる。それはどうしてなのでしょうか?
おそらくこの違いは、「自分の体力の限界を自分で決めてしまっている」ことだと思います。勝ったチームにきくと、「もう体は動かない、ダメだ!と思うんです。けれど、どうしても勝ちたいから、諦めるわけにはいかないんです。」体が悲鳴をあげているのは誰でも同じ。けれど彼らの体は、心が負けていないから体が勝手に動いているのです。まさに、精神の強さが体力の限界を超えている瞬間です。
アスリートが心を鍛える訓練をしているのもその証拠ですね。
換言すると、「粘り強さ」ともできるでしょう。南カリフォルニア大学元教授のギルフォード博士は著書「Personality」の中では、粘り強さ=成功したい欲求、と述べています。
粘り強さは実に多くの成功者に共通する性質だと言えるでしょう。トーマス・エジソンも何千回もの試行錯誤の結果、白熱電球の発明に成功しました。不撓不屈な粘り強い精神で続けたからこそ、達成を実現したのです。
粘り強さは当然、セールスの世界でもビジネスの世界でも起こっています。淡々と小さなことでも続けている人は粘り強さが自然と身につきはじめているはずです。私のいう、「かしこカワイイ」女性たちも一見そう見えないだけで、努力や継続を本当に怠らない人は自然と粘り強さが身についているのです。
だから、何かを達成したいときに達成できていないということは、自分の中で見えない制限を自分でつくってしまっている可能性が大きいです。精神が体力を、行動を、制御してしまっているのです。
私もまだ修行中の身です。未来の夢実現のために、知らずのうちにつくっている制限を取り払えるべく、日々精進するのみです。
