入団してからも、その10まできました。結構、色々なエピソードが残っています。
一番大掛かりだったD社のミュージカル初演まであともうちょい、、、かな?

信州N県のO町にある、資料センターという名の倉庫群のお話でしたね。

実はこの町、番外編その1で書いた「地下鉄毒ガス事件」を起こした某カルト集団と、浅からぬ縁があります。
まずN県は、地下鉄事件の前年にカルト集団が毒ガスを巻き、無関係の住民が被害を受けた所です。
公的機関の官舎を狙ったそうですが、風向きが官舎と真逆だったため、一般の方の住宅地に毒ガスが流れ、今でも後遺症に苦しむ方がおられる程の大事件になってしまいました。

またカルト集団により、ある弁護士一家が殺害され、それぞれ違う場所に埋められたのですが、家族のうち1歳の可愛いお子さんが埋められていたのが、このO町でした。

日本中が、このカルト集団の動きに敏感になっていた頃に、この倉庫が建設されたのです。
実はこの倉庫、カルト集団がサティ◯ンと呼んでいた施設と、同じ建て方なのです。倉庫を見た、町の人々の当時の驚きは察するに余りあります。

迫害された挙句、町にカルト集団がやって来た!と勘違いした方が少なからずおられた様です。(そりゃ、黒ずくめの人達が何やら黙々とトラックに積み込む作業をしてるのです。しかも、何に使うのか良く分からないハードケースが沢山あるのです、、、そりゃ怖かったでしょう)
しばらくすると、劇団の倉庫とご理解頂けた様ですが、訝しんで見に来た町人には案内付きで見学して頂いたとか、、、色々噂を聞きました。

小高い山の途中に倉庫があるのですが、周りには飲食店やコンビニなどの設備は無く、結構不便だったのを覚えています。今はどうなのでしょう?

夜に作業を終えると、食事⇨お風呂⇨コンビニを車で移動するのが定番になっていました。
一番困ったのはご飯です。遅くまで営業している飲食店が近くに無いので、山を降りた所にある、喫茶店に毛が生えたような軽食屋さんに行くのですが、あんまり口に合いませんでね、、、コンビニでまかなうことの方が多かったです。ファミレスがあったら良かったのになーって今でも思います。

ただ、お風呂の施設はとても広くて綺麗で気持ち良かったです。
この町は、温泉が沢山湧くことで有名な様でして、一帯が温泉群になっています。単純温泉が多い様でしたが、生まれた所にも温泉が湧いていた私には嬉しい所でした。前回の「山荘」も温泉を引いていたのだと思います。
この町に行ったら、美味しいお米と温泉は外せないですよ。冬は、スキーやスノーボードが出来ます。

当時、N県の公立小中学校には、秋休みなるものがありました。夏休みが少し早く終わり、秋の収穫時期に10日程の休みを取ることになっていました。地元の人の中には「稲刈り休み」と呼ぶ人がおられました。
昔は、子供も手伝っていた名残なのかな?それだけ恵みの多い地方の様ですね。
秋頃、荷出しのため訪れた時には、実ってこうべを垂れた稲穂が、倉庫へ行く道の両脇に黄金色に輝き広がっていました。背景にうっすら雪を被ったアルプスが見えて、一幅の絵のようでした。

あれ、、、?倉庫での作業まで書くに至りませんでした。すみません。次回で書きます。


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