20年前のお話です。
今とは時代が全く違いますので、参考にはならないと思います。私の思い出話と思ってお付き合いください。


面接に進めた私は、バイト前にようやくスーツを買い、それを包んだ袋を抱えてバイト先へ向かいました。
バイト先は渋谷にあったご飯屋さんです。
開店前に大きな包みを抱えて現れた私に、みんなビックリしていましたが、包みのロゴを見てピンときた方がおいでになり、ようやく面接にこぎつけたのかと、こちらでも随分喜んでいただきました。

一度OLになったものの、夢だった美容師になりたいと脱サラして専門学校に通っていたアヴァンギャルドなお姉さまがバイト仲間に居ましてね。ご自分がOLだった頃の地味な黒い鞄を面接用にと貸してくださいました。

新品のスーツとブラウスを着て、貸していただいた鞄に面接案内を入れ、懸命に磨いた古い黒のパンプスを履いて、面接当日、かなり時間に余裕を持って横浜に向かいました。

東京近郊の路線図に詳しい方ならお分かりと思いますが、劇団へは東急田園都市線もしくは横浜市営地下鉄で向かうことになります。市営地下鉄はともかく、田園都市線は当時から激混みで、よく止まる路線でした。あれより凄いというのですから、今はもう乗りたく無いですねー。
その田園都市線に乗る予定だったので、時間よりかなり早めに自宅を出た訳です。

当時の自宅は、劇団最寄駅より渋谷方面にありました。午前中に混み合うのは、中央林間から二子玉川を経由して渋谷に向かう上りなので、私が乗った下りは、本来そんなに混まないのです。
それでも居ても立っても居られず、止まったら困るからと、早めに家を出た私は、でも何も起こらず無事に最寄駅に着きました。

駅から劇団までは、歩いて数分です。緩やかな登り道。今のようにあちこちにスターバックスのようなコーヒー店がある訳でも、イートインコーナーを持つコンビニがある訳でもなく、早く着きすぎた私は時間を持て余してしまいました。
面接案内には、駅出口から劇団までの簡易地図が入っていたのですが、それを見るとほぼ一本道。迷うような所でもありません。
ぐるりと駅周辺を歩いて、いくつかのお店を見て回り時間を潰しました。

ふと店の中から、顔を上げて外を見た時、明らかにOLさんではない女性がガラス扉の前を横切って行きました。長い髪をかなり明るい栗色に染ていて、化粧っ気のない白い顔によく映えていました。大きなナイロンのバッグを肩に掛けており、一目で女優さんだと分かります。

地元で熱心にバレエのレッスンに通っていたころ、稽古場に集まっていた仲間たちと同じような雰囲気がありました。ひょっとしたら、当時は自分も同じ空気を出していたのかもしれません。
顔を見て、誰かわかるほど劇団に精通しているわけではなかったので、未だに彼女が誰だったのかわかりません。
その彼女につられるように店を出て、緩やかな、劇団へ続く登り道を歩き出しました。周りにはスーツ姿の、でも一風変わった感じの子がいるのが見えました。目的地はきっと一緒でしょう。

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