南洋の密林に暮らす部族には
歩く樹木の伝説が残っている。

「歩く木」

木は生まれてからずっと
そこに暮らしていたし

鳥たちは友達であったし

いずれ朽ちることも
あるかもしれないが

そういうものだと
思っていたし

でもある日
木は無性に他の樹木と
話が
したくなった

木は歩き出して
樹木に声をかけた

やあ
こんにちは
お元気ですか
海の彼方にある
不思議な島々の
お話を聞きますか
それとも
明日の天気の話を
聞きますか

でも
他の木たちは退屈そうに
あくびをして
さやさやと
枝葉を揺らすばかりであった

そこで木は人間に化けて
草原の外れにある町に出掛けた

木はやはり懸命に
人間たちに話しかけた

明日の天気の話をしましょうか
草原の動物たちの話をしましょうか

人間たちは面倒臭そうに
素知らぬ顔で通り過ぎていった

木は泣きたい気持ちになって
一人で草原に帰っていった

木の枝に休んで夜を過ごす鳥たちは
木が涙をこぼすのを見て
いつもより優しい声で夜をさえずるのだ

(The  end)


「蛇使いの女」
アンリルソー
ルソーの描く植物群は肉感的で官能的だ。
彼らはきっと意思を持ち、夜になったら歩き出すに違いない。
或いは前世において人間で厭世から植物になってしまったに違いない。