・「おはよう」「おやすみ」など基本的な挨拶が出来る。
・自分が悪いと感じたことを「ごめんなさい」と謝ることが出来る。
・意味もなく人を叩いたり蹴ったりしない。

早寝早起き、とか3食きちんと食べる、とか。
そういった類の人間の生活ルールを学ぶ乳児期を過ぎて、
基本的に人間としての社会ルールを守れるようになったのは年中も後半かそこらの頃。
子育て方針がどうであるか、にもよるのだけど、
ここまで来たら、それ以上親は何を教えてあげれば良いのだろうか。


もうきっと、何もないのだと思う。



一通り身の回りのことが出来て、
自分で何かを考えることが出来る。
言われたことを言われたようにしようと思うことが出来る。

だからもう、それ以上、何も言ってはいけないと思うのだ。





小学校に入ると、どんどんオリジナリティがなくなっていく。
りんごは赤。
レモンは黄色。
幼稚園に入った頃から少しずつそうやって「色」を感じずに頭で覚えるようになって、
「○○はわるいこと」
「△△はしてはいけないこと」
そうやって自分を制限し始めて、
最終的には、
「落としたものを拾ってあげるのはいいこと」
とか、
「泣いてる子に話しかけてあげるのはいいこと」
って感じ方まで教え込まれて行く。



最近ね、やっぱり凄い色々気になってつい小言が多くなる。
「どうして教科書を揃えて入れないの! 」
「お手紙の折り方がぐちゃぐちゃだよ! 」
「ハンカチとティッシュをちゃんとポケットに入れなさい! 」

あんまり怒り過ぎると、RINは一生懸命覚えようとして口の中で反芻する。
『ちゃんときょうかしょはそろえる・・・』
とか
『しゅくだいはがくどうでやってこなきゃだめ』
とか。

なんかゾッとした。
私がこの子の「感じ方」を奪っている。
と思った。


問「なんで教科書を揃えていれなくちゃいけないの? 」
答「綺麗に見えて気持ちが良いから」
問「でも時間はかかるよね? 時間短縮したいんだけど」

例えばだけど、そんな風にブツブツ呟いていると、
↑こういう発想はできないと思う。
「なんで? 」「どうして? 」「私はこう思う」
そう感じられる人になって欲しいし、
「人に優しくする」
という定義を、
「オトシモノヲヒロッテアゲタライイコ」
と覚える人間より、
「落し物をしたら困っちゃうよね。拾ってあげよう。きっと助かるよね」
と自分で思える人間になって欲しい。



色んなことが出来るようになって来て、
つい高望みしてあれもこれもと考えてしまうけれど、
本当の意味で娘に一番必要なのは、
【ただ黙って隣にいること。彼女の話に耳を傾けること】
なんだなってのを今一度強く心に刻む為に日記にしたのでした。


本当にいけないと本人が感じたら、私が何も言わなくても彼女は謝ってくるし、
本当に困ったことがあったら、私が何も言わなくても彼女は助けてって言う。
そういう親子関係を今まで築いてきたんだから、
イマサラ自分の子育てを覆す必要はないのです。

何よりどんな理不尽なことも「いいよ」って許してくれる彼女の美徳。
自分がマイペースだから相手にも物凄く寛大になれるその豊かさを大事にしてあげる方が稀少だ。




・・・なんてね。


でも「毎日仕事になっちゃったし、本当はBellは寂しいんだろうな、出来るだけ早く帰ろう」と必死に走って帰ってきたのにも関わらず帰宅しても誰もいなくて、
後からのっそりとドアあけて、
「みずきちゃんとおしゃべりしながらかえってきたらおそくなっちゃった★ えへ」
ってあっけらかんと言われた直後の理不尽な憤り。

それを抑える術を、私は学ばなければいけません・苦笑。