私は人に頼られるのがスキだ。
でも利用されるのはキライだ。


例えば、近しい友人から
「○○でちょっと相談に乗って欲しいのだけど・・・」
と言われると、
「ヨシ来た! 何でも聞いてやるぜ☆ 」
みたいに無駄にテンションが上がる。


でも
「△△はどうすればいいの? 」
と聞かれて、
懇切丁寧に説明した後どうなったかを教えてくれずにほぼ音信不通・・・。
みたいなことをされるとちょっと凹む。

『必要なのは私じゃなくて私の知識ですか? 』
みたいな。



そして相談事は結構な割合で無理をしてでも聞いてしまう私に、
「これでね、あれでね、そんでね・・・」
とお構いなしに言ってこられるとちょっとムッとする。

『その前に私の近況を聞くべきじゃない? 社交辞令でもいいから』
みたいな。



後、同じ相談はちょっとイライラする。
同じようなことをあーでもない、こーでもない、って話したいだけは「相談」とは言わない。

そして私の結論を「でも」と認めたくない気持ちには多大な理解を示すが、
「うん」と言いつつ行動しない人間の相談は二度と聞きたくない。






まぁ、つらつら書いた。






でも結局何が言いたいかっていうと、
自分は人に頼られる瞬間に一番自分に自信が持てるんじゃないかなってことなのだ。

だからつまるところ、
あーでもないこーでもないって不平不満を感じたり思いつつ、それでも
「しょーがないなぁ。。。」
って相談に乗ってやる自分に酔っているのだと思う。


私、人に必要とされてんじゃん!
みたいに。





私は私の話を聞いてくれる人が好きで、
私のことを認めてくれている人が好き。

だから「私を認めて相談事を持ちかけてくれる人」はきっと大好きなのだ。



だって、『友達』と大きく括っても、
「私を重んじてくれてる」人と「私を軽んじている」人は全然違う。

そういうのは連絡を取り合う頻度じゃなくて、
疎遠な期間があったとしても、再び会って話をしたらわかることなんだ。

人は人の心を読むことは出来ないけど、
人の態度を見ることは出来る。
誠意は知ることが出来る。


そういうハッキリした距離感が見えてしまうと、
ちょっぴりイヤになってしまうこともあるんだけどね。

でも精神的に一人ぼっちで生きて行くよりは、
お互いを必要とする人としっかり人生を歩けた方がいいのかなっとも思います。

難しいけど。

でもせっかく色々考えられる頭を持っているのだから、
自分が何を大事にして残りの人生を歩いて行くか、
自分で考えていかなくちゃと思うのでした。