♪育って来た環境が違うから~・・・
という歌じゃないが、
生まれ育った環境、生活習慣ってのはイヤでも染み付いてしまうものだと思っている。


我が家はオートロックじゃないし、
4階建てだっていうのにエレベーターもないし、
築年数も結構経っているし、
ママは働いているからべったり子供に向き合ってないし、
着古した肌着も身体測定の日じゃなきゃぁ着せてしまうし、
幼稚園の制服や体操着もお古ばっかり。

んで、そういうの全部ひっくるめて「Bell」が出来上がるのである。



偏見じゃないよ。
決して偏見ではないんだよ?

でも誤解を恐れずに言ってしまえば、
子供を見れば「それなり」に家庭環境が垣間見える。
着ているものがボロいとか、今時のおもちゃを持っているかとそういうことではなくて。

漠然とこの子は「満ち足りている」のか「飢えている」のか。
全てではないけれど、わかってしまうんだな。



なので、私はどちらかというとそういう外部からの目を気にしている。
「この子は飢えている」と思われるということは、
私に気付かれずにひっそりとSOSサインをBellが出しているということなので。
それはどう取り繕っても隠し遂せるものではないから、
そのサインはとても大事だと思うんだ。





それともう一つ。

ママの都合で言ってしまえば、
生活水準が同じ家庭同士とばかり遊ぶということもなるべく避けていたいと思っている。
「働いているママ同士」
「ママが同じ年」
「年収が大体一緒」
こういう時、ママは凄く楽。
気を遣うことなんかないからね。

でも、そうすることによって、
子供に「枠」をはめていることになるんだよね。
視野を広くさせたいなら、色んな種類の子供と遊ぶことも大事なんじゃないかなって。



だから敢えて言うならば、
「○○ちゃん家にはこんな素敵なおもちゃがあったのに、
 どうしてウチにはないの? 」
って思わせることも大事だし、
「どうして○○ちゃん家にはこんなに沢山おもちゃがあるの? 」
と肌で感じることも大事だったりするんじゃないだろうか。

「いいなぁ」って思わせること。
思わせると同時に、
「いいなぁ」って思って貰える価値を我が子にもつけてあげること。

それはおもちゃを沢山買ってあげることなのかもしれない。
それは色んな所に沢山連れて行ってあげることかもしれない。
それは毎日絵本を読んであげて、一緒に朝まで眠ることかもしれない。
とにかく「いいでしょ、ウチはね! 」っていえる何かがあること。


そうすることで他家への羨望が健全な不満になるような気がする。
「欲しいから盗る」
とか
「ウチにはないから壊す」
とかじゃなくてね。




何となくそう思った。

え? なんで突然って?

ジュエリーデザイナーをしているママの家に遊びに行ったのだよ・笑。
同行するは自らブランドを立ち上げて子供服を販売するママさん。
世界がまるっきり違ってました・・・orz