はしはかこふん

箸墓古墳へ



 

箸墓古墳は

倭迹迹日百襲姫命

(やまと ととひ ももそひめ の みこと)

陵墓です。

 


略して百襲姫と呼びますね。

 

 

百襲姫は第7代孝霊天皇のお子である

皇女(ひめみこ)です。

 

お兄さんが第8代孝元天皇。

 

弟の吉備津彦さんが

岡山平定を遂げた桃太郎です。

 

 

第73代武内宿禰(たけ・うちのすくね)

故、竹内睦泰(たけうち むつひろ)

むっちゃん先生による

正統竹内文書では

  

 

欠史八代(※)と云われる

8人の天皇は実在していて

 

 

”孝”の字がつく天皇の時代は

戦乱の世でありました。

 

 

※第2代綏靖(すいぜい)天皇から

第9代開化天皇までの8人の天皇。


 

(綏靖・安寧・懿徳(いとく)・孝昭・

孝安・孝霊・孝元・開化)

 

 

孝昭・孝安・孝霊・孝元の時代は

権力争いと地方勢力の平定のため

争いが絶えませんでした。

 


この時期には

戦乱の影響によって

 

天皇の座す(おわす)地を

奈良・四国・九州と

お引越しもしていました。

 


 

 

百襲姫は卑弥呼。

 

 

魏志倭人伝の

男王を下げ

女王を立てることで

争いが終わったという


日本史で最初に習う

あの「卑弥呼」ですが

内情はこうです。

 


男王の統治王、女王の祭司王。

 

祭司王が神の言葉を聞き

それを統治王に伝える。

そして統治王が

それを元に国を統治する。


女王の祭司王が格上です。

それが古代日本の政でした。

 

しかし、いつからか

 

祭司王も男性が努めるようになり

女王の役割は封印されていきます。



 

祭司王が男王になると

争いが続き

荒れていきました。

 

 

 

 

孝元天皇は

昔の慣し通り

霊験あらたかな

妹の百襲姫を

祭司王に立てました。

 

 

 

孝元天皇の嫡子には


第一皇子の大彦命(おおひこのみこと)

 

第二皇子であった後の開化天皇がいました。

 

 

第一皇子が天皇にならなかったところに

権力争いもあったかもしれません。

 

 

 

大彦命は

四道将軍として北陸へ赴きます。

 

四道は、西道・丹波・東海・北陸。


北陸は当時、越国(こしのくに)

呼ばれていました。

 

西道は、

大彦の叔父さんである

吉備津彦命(桃太郎です)

 

丹波は、

大彦の甥っ子(開化天皇の子)

丹波道主(たんばのみちぬし)

 

東海は、

大彦の息子の

武渟川別(たけ ぬなかわ わけ)

 

 

 

 

北陸から回った父

大彦と

 

東海から回った子

武渟川別が

 

再会した場所が

会津と呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

大彦命は

阿倍氏の祖となります。

 

 

 

日本語の秘密は発音にあって

 

漢字が違っても

 

音が同じであるところには

 

真実が引き継がれています。

 

 

 

 

アベも色んな漢字がありますが、

漢字が異なる理由は様々で


その一つには

時の権力者が変わった時に

従うか否かを区別するために変える

ということもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 


華頂宮博一さんの言葉にある

 

 

血なんです。

 

調べさせ、導き、

 

成し遂げさせるのは。

 

血でないと出来ないことってあるし、

 

血だから出来ることってあるんです。

 

 

 

これを聞いた時、

 

さもありなんと思いました。

 

 

 

 

 

私が幼少期に読んだ本で

最も惹かれた人物が

卑弥呼であったことも

 

 

アベ氏の祖の大彦命の

叔母上である倭迹迹日百襲姫命が

卑弥呼なのだったら

惹かれるのも頷けます。

 


まるで

はるか昔に放たれて

今に届いた

パルス(脈動・信号)のようにも

感じられます。

 

 

 

そして

血に刻まれている記憶・情報

そのようにも感じられます。

 

 

私が学んできた

スピリチュアルの中に

こういうことは

確かに解かれていました。

 

 

ここに来てつくづく

その体感・実感をしている

氣分です。

 

 

自分の内側から出てくるものに

間違いはないのだと。

 

 

自然と湧いてくる。


根拠はない、わからない。


今の自分とは何の関係もないように思える。


だけど内側から湧いてくる。

 

 

 

そういったものは

私の中にある

私だけの

情報・記憶

というわけです。

 

 

だから信じることが

大切なのだと。

 

 

 

ただし、恐れから湧いてくるものは

間違ってしまうので

その点に注意は必要ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

今、私は箸墓古墳に来ていました。

 

 

約束だったのか?

 

 

想像もしていなかった

もう5年前になる

チャネスクで出会った

仲間と共にです。

 

 

 

 

 

そして来てみれば

何もかもすべてが

とても自然でした。