2月27日(日)つづき

偶然にも、この日、
訪看さんの担当者はいつもの方だった。


他の家を回ってはうちへ寄ってくれて、
いてくれるだけでこちらは少し気持ちが落ち着いた。



訪看さんがいない時、

また父がリクライニングを起こして、体を起こそうとしていたので電話すると、

「リクライニングを、起こしたり寝かせたりするのはいい。体を起こすのは、やめた方がいい。今すぐ行きます」

とのことだったので、父にそれを告げ、

苦しがる父に声をかけながら、あげたりさげたりしていた。
ちょっとあがってる方が楽そうだったかな。。



痰が吸引できないから、

なんとか痰を出そうとしていたんじゃないかな。。





どのタイミングで言ったか、覚えてないけど、

父に「酸素、外してもいいって」と伝えた。


父は酸素を引きちぎるように外した。


ぜいぜいしているところに、空気が鼻から入ってくるのも苦しいだろうし、


なによりも…


酸素のせいで、
脳が活性化されて苦しいなら……!






訪看さんが到着してからも、父の様子は変わらず



驚いたことに、

自分で体を動かして、左手で右のベッドサイドを掴み、右胸を下にした。


しばらくそうすると、また上を向いて休んだ。






出ない声だけど、母が耳を近づけて父の声を聞いた。



「暴れたい」




苦しくて、苦しくて、

体がいうことをきかなくて。





この頃になると、筆談もできなくなってきた。


一生懸命、字を書く父。


だけどそれは、かろうじて読み取れた字とは全くちがって、



もう、ほんとに、



流れている線でしかなくて…


手も、すでにペンをもっていることで精一杯のようで…




「…ごめんね…、わからない…」




眉間にしわを寄せて、苛立っているのが分かった。



「ごめん…」




はがゆくて はがゆくて 仕方ないだろう

どんどんコミュニケーションがとれなくなっていくのが、
イライラして、不安で、怖くて。。




だけど、どうにもしてあげられなくて。。







訪看さんは、声をかけながら様子を見つつ


私たち家族を呼び出した。




「○○さん本当に気丈な方です。すごいです…

だけどね、
ほんと気力だけでなんとか生きてるって感じなの…

だから…

いつ逝ってもおかしくない状態なの…」





私たちは涙をぐっとこらえた。


父の前では、泣けない。


泣いたら、父はそれこそ、悟る。





あんなに頑張ってる父を見ていて、


苦しいのは分かってるけど、


「いつ逝っても」というのは、正直、理解しがたかった。




やっぱり

気持ちがまとまらず、ひとつにはならなかった。



がんばってほしいのと、


もう苦しまないでほしいのと…



分かっていても、分かりたくなかったというか。
でも分からなきゃいけない時に、もう、来ていたというか。





「右の肺は、完全につぶれてます。機能してない。

だからさっき、左胸を上にしたでしょ?

あれは本能で、しっかり呼吸しようとして、生きてる肺を上にしたんだと思う」


その動作も、本当に頭があがらないくらい…って訪看さんは言っていた。






それから…


最後のお風呂だった月曜日。。



2人きりの空間で、父は訪看さんに話したそうだ…





『うちに帰って来て、リハビリをがんばって、

一人でトイレに行くことを目標にしてたけど…


もう無理だって、自分で分かったから、


ずっと寝たきりになるぐらいなら、

早く逝った方がいい』





『家族に迷惑をかけるだけだから…』




って…












何も迷惑じゃないよ



そんなこと言わないでよ



人の心配なんかしてないで、



もっとワガママになっていいのに!









父らしい… 発言だった。









母も、さなも、ほぼ号泣で、私も、立ち尽くしていた。



「本来なら、これからずっと寝たきりで、介護や看護がもっと大変になるんだけど

そうなる前に…っていうのは、

そういう意味では、○○さんの希望どおりではあるの。」





訪看さんは、
亡くなる父を前にしても、依然覚悟が出来てない家族にむけて、
父の覚悟・父の死を受け入れられるような状態に、
しようとしてくれたのかもしれない。







父の横にしゃがみ、一生懸命呼吸している父を見て、


私は思わず枕元に伏せて、声を殺して号泣してしまった。


それでも母や妹、親戚が私の背中をポンポンたたいたのを合図に、


立ち上がって他の部屋で頭を冷やした。


父の前では泣いてはいけないのに…。









冷たくなった両手・両足は、血液が心臓に集中して一所懸命動かしてるのだと、教えてくれた。


濡れたタオルをあたためて、手や足に巻いてあたためた。


ベッドのリクライニングも、動かすと余計体力を奪う…ということで、


同じく濡れたタオルをあたためて、喉の上、
そして枕で疲れた首の後ろにもいれた。


おばさんが、首の後ろをマッサージをしてくれた。


何枚かのタオルを使って、何度もあたため直して繰り返した。






夕方4時頃になって、先生が来た。



「みんなとはコミュニケーションとれたかな」



「はい、孫に会えたのが、一番良かったです…」



先生は父に話しかけた。



「○○さん、お孫さん良かったねー」


そのあと


「…疲れたでしょう?」



父は小さくうなずいた。



「少し休もうか」



そして注射をうった。






親戚も、父が眠りに入るか入らないかのところで、
それぞれ帰って行った。






つづく