2月27日(日)つづき


先生が帰る前に、私たちに言った。



「うーん。○○さん、気力があるから…

もしかしてもしかしたら、もう一度目を覚ますかもしれないけど…

でもそうすると、もう苦しいだけなんだけど…




たぶん、このまま眠ったように…なると思います」






何が正解とか間違ってるとか、


そんなことはどうでもいい




当事者にならないと分からないことなんて、いくらでもある




私たちは、父との最後の時間を、


ちゃんと上手に過ごせたのかな




家族として、愛してること、伝えてこれたのかな







先生は、「近くで待機してるから」と言って帰った。



親戚もみな帰り、うちの中には

父、母、私、私の旦那、さな、さなの旦那、子供

だけとなった。




訪看さんが様子を見に来てくれた。


「…父は…休めてるんでしょうか?」

「うん、眠れてるよ」


この時間だけは、きっと苦しみなどから少しは解放されてる…

そう信じたい。

みんな来てくれて、でも疲れさせてしまったのも、正直ある。
がんばってくれたから。




訪看さんが帰ったあと、私たちは夕食をとった。


すぐそこで休んでいる父に、時々声をかけながら。


父も、みんなと一緒に過ごしてるんだから。







それから、6時半頃だったか、
昼間来れなかったおじさん(父の弟)が来てくれた。





「たくさん兄弟がいる中で(7人いる)、一番歳が近いのが兄さんだから、

俺は、他の兄弟とは違う、特別な想いを持ってるんだ」




だから、父がいなくなるのが、一番つらいって。




「他の兄貴たちも他界しちゃって、残された男は俺だけになっちゃうんだぜ…

女達(父やおじさんの姉たち)は、みーんな生きてるのによ…」




おじさんは、幼い頃の2人の想い出など、

父に話しかけながら、みんなに話してくれた。




貧しかったあの頃。

2人で牛乳だか豆腐だか…忘れちゃったけど、売りに出て、

父は全部売って帰ってきたけど、おじさんはかなり残して帰ってきちゃって。

それを見た父は、おじさんの代わりに全部売って帰ってきたことがあったって。




時々、笑いながら、
「なぁ!兄さんっ」って、いつものノリで、

おじさんは1時間くらい話して帰った。





母に、「本当によくやってくれて…ありがとう」と言っていた。








8時頃になり…


私の旦那が、いったん実家へ帰った。


「何かあったら、夜中でもすぐに電話しろ!」

「うん、わかった!」



玄関で見送って、部屋に戻り、

ふ…と父を見ると、




もしかして…少し…

呼吸のペースがおちてきてる…?




と感じ、先生に連絡しようとした。



たった今出て行った旦那に、戻るように電話したけど繋がらず、

先生が来るなら一緒に様子を見てもらおうと、呼びに走った。



歩くペースが早いから意外と遠くまで行っていて、

後ろ姿を見つけて名前を叫んだ。



気づいた旦那が足早に戻って来て、家に戻る道、
母にも妹にも何も言わずに出て来てしまったので、妹に電話した。








「お姉ちゃん!?

お父さんの呼吸がっ…、

もう…すごく弱くて!!」








私と旦那は血相を変えて走り出した。



走りながら先生に電話した。



「先生!父の呼吸が!!早く来てください!!」



体が震えてた。






死んじゃう…


死んじゃう…


お父さんが、死んじゃう…






父のベッドへ飛びつくと、みんなが「お父さん!お父さん!」と大きな声を出して泣いていた。



さっき見た呼吸よりも、ゆっくりで、間が長くて、弱い。



私たちは叫び続けた。





いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!

お父さん!

いかないで!

苦しいの分かるけど、やっぱり嫌だ!

死なないで!

そばにいて!

お父さん!お父さん!







一番つらい時間だった…


信じたくなかった。


お父さんが、いなくなるなんて。


今、書きながらも泣いている。


涙もよだれも、全部がどうでも良かった。





お父さんが、どうにか帰ってきてくれるように声をかけ続けた。






私たちは…


やっぱり、最後の最後まで、


諦めきれなかったんだ…








先生は、ドアのところで、最後の別れが終わるのを待っているようだった。

旦那が泣きながらも、先生から説明を受け、対応してくれていた。






泣きながらも、いつまでもヤダヤダ言っていてはいけないんだ、と思っていた。





もう、どうすることもできないのだから。






お父さん、ありがとう!!


お父さんとお母さんの娘で良かった!


お父さん、大好き!愛してる!


私たちは幸せものだよ、お父さんの娘に生まれて。


お父さんが築いた家族、守っていくからね!


お父さんが愛してくれた家族への愛情、受け継いでいくから!





母は涙でぐちゃぐちゃだったけど、両手で父の顔をもち、父に最後のキスをした。




それが、すごく、素敵だった。








先生が部屋へ入って来て、目を開いてライトを当てる。



「午後8時47分…」



その瞬間、やっぱりみんな、

お父さん!お父さん!と号泣しながら叫び続けた。












だってね、


父の心臓に手を当てると、トクトク動いていたんだよ…





だけどそれはね、


父の体を通じて跳ねかえってきた、

自分の鼓動。






さなが言ってた。


「先生、待っててくれたからだけど、


本当はもう少し前に、呼吸は止まってた」






…そっか。















母は、父にずっと寄り添い泣き続けた。


私と妹は、それぞれの旦那に抱きしめられながら、
旦那たちもずっと、泣いていた。



子供も、妹にだっこされながら、父のそばで、

きっと訳分かんなかっただろうけど、みんなが泣いてたからか、泣いていた。


「じーじ、ばいばいなんだよ」って、さなが言うと、


じーじに「ばいばい」って、手をひらひらさせた。







父にとっては、かわいいかわいい孫に看取られたのが、一番幸せな逝き方だったのかも。



改めて思い出してみて、
なんかそう思った。







ちょうど先生が帰って、まだみんな号泣しているところへ、

おばさんから電話がかかってきた。



旦那が、私から携帯をとって、
泣きながら、「たった今…」とおばさんに伝えてくれた。






それから、今までお世話になった訪看さんに連絡をした。

その人じゃなかったけど、最後のお世話をしに訪看さんが来てくれることになったので、

父が気に入っていた服などを、慌てて用意した。

それから、体を拭いて、着替えさせてもらった。





まだ…血の気があるからか、

普通に眠っているようにしか見えなくて、

あんなに苦しがってたけど、

最後の最期は、とっても穏やかな顔をしていた。



その表情は笑っているようにも見えて。。



私はきっと往生際が悪いんだね。
父の死を、受け入れられなくて…


目を覚ますんじゃないか?
生き返るんじゃないか?


そんな希望を持ちそうにもなっていた。


でも、さなが言った。
「こっちがちゃんと送り出してあげる気持ちにならないと、
魂がいつまでも未練でこの世に残っちゃって、成仏できない」


それは、いやだな。
それはかわいそうだ。

気持ちを切り替える区切りがついた言葉だった。