加古川市 放課後デイサービス ビリーヴ スタッフBLOG -118ページ目

加古川市 放課後デイサービス ビリーヴ スタッフBLOG

『君のやりたいことはなに?』『どんなことが好きなの?』
本人の能力を把握し、それを生かす環境をつくりその中でさらに可能性が広がるよう支援します。
本人に出来ないことではなく出来ることに着目し能力を認める支援、伸ばす支援をします。



桜が終わると次はハナミズキ

家の近くに市立総合体育館と

陸上競技場があるのですが

そこの前の道がハミングロードという

名がついていて

両サイドにハナミズキが植樹されてます

白とピンクのハナミズキが

交互に植えられていて可愛らしい


空が青いです

人間が活動を止めると

地球が生き返ったかのようです

空気も澄んで

山も綺麗に見えます



昨日は高校の同級生の誕生日でした

メールを送ろうとしたけど

ケータイ番号が変わっているようで

どうしても届かず

家に電話しました

家電を使うなんて久しぶり

『もしもし~』

と 言ったとたんに

『○○~(私の名)久しぶり!』

すごい すぐ分かった(笑)

『ちょっと!ケータイ番号変わったら言うてよ』


そう彼女は高校時代から

そういうヤツでしたえー

全然マメじゃない

声をかけると動いてくれますが

自分からは動かざるごと山の如し

なので

今の引きこもり生活も苦にならず

専業主婦ということもありますが

ずーっと STAY HOME照れ


メールやLINEも良いですが

やっぱり生の声で

『誕生日おめでとうお祝い!!』

と言うのは良いですね


コロナが収まったら会おうね~と

元気で居てよね~と

電話を切りました


4月はもう一人

これも高校の同級生の誕生日があって

(林家ペー並みに人の誕生日を覚えているてへぺろ)


4月2日の当日にLINEしました

こちらは大きな病院で

看護師をしている子なので…


今はいつも以上に緊張して

仕事をしているそうです

頑張れ!!



今日も 全力でSTAY HOME 楽しみます






 

 
おはようございます
 
今朝の朝陽が昇るところです
 
こんな大変なときでも陽は昇る晴れ
 
 
綺麗ですね
 
 
世界中が自粛で工場が止まったり
 
車が走ってなかったりするので
 
大気汚染が減っているらしいです
 
そうなると地球の温暖化も少しは緩和される
 
 
物や情報があり過ぎて混乱し
 
大事なことが自分の身につかない
 
今この不自由な時期に自分にとって
 
本当に必要なものは何なのか
 
不要なものを取り払ってこそ
 
自由に生きられるのかもしれませんね
 
 
時間がたっぷりあると
 
そんなことを考える毎日です
 
 
ビリーヴはGW明けまでお休みです
 
学校が休校になってからは
 
毎日朝から来ていた子どもたち
 
その子どもたちの賑やかな声がしないビリーヴで
 
ブログを書いていると
 
ここは何処なんだ・・・と不思議な感覚です
 
やっぱり子どもたちが居てこそのビリーヴです
 
 
 
GW明けには学校は始まるのでしょうか
 
連休中もみんなが外出を控えて
 
感染が少しでも収まれば
 
その方向も出てくるのかと思いますが
 
 
昨日のニュースで
 
コロナウイルスの患者を受け入れている
 
病院で看護師をしている娘さんのお母さんが
 
「毎日娘を戦場に送り出す気持ち」と仰っていました
 
自分の娘や息子がその病院で働いていたら・・・
 
毎日が不安との戦いです
 
それでもお母さんは
 
「自分で決めた仕事だから しっかりやりなさい」と
 
笑顔で送り出すと泣きながら仰っていました
 
 
 
もう少しの我慢です
 
家に居ましょう
 
家に居ることで感染は防げます
 
 
頑張りましょう照れ
 
 
 
 
 
 
ビリーヴの子どもたちとお金の話し

『10万円もらったらゲーム買いたい』

子どもらしい思いですニコニコ


『学校が休みで毎日3食作るのに

食費がかかるから

もらったお金は食費にします 』

とお母さんに言われて

ガッカリな I くん(笑)


お金は大切ですコインたち札束


コロナショックで休業になり

経営が危うくなり

『コロナで死ぬか餓死するか』

そんなことを言っている飲食店の

店主をニュースで見ました

切羽詰まっています


生きていればまたやり直せます

こんなことで死んではいけません



命はもっと大切です



『さようなら』

さようならは「左様なら」と書き

そうであるならばしょうがない

別れましょうという別れの言葉

そういえば今まで一度も

母にさようならと

言ったことがなかった

行ってきますとか元気でねとか

母さんまたねとか言って

母と別れてきた


母との最期の別れには

結局間に合わなかった

母は冷たくなっていた

なくなる前数ヵ月間の

母の苦しそうな顔とは打って変わって

ゆったりした顔だった

どこか笑っているようにも見えた


私は母を支え母は私を育て

一つの大きな仕事を成し遂げたような

父との約束を果たせたような

母の天寿を全うさせたような

あの世の父へ母を手渡せたような

何よりももう母は苦しまなくていい

涙は出たが悲しみではなかった


言葉がないのは

生きていたときと同じだったが

どれだけ母の手を握ろうとも

私の温みは伝わらなかった

どうやっても私のまなざしは

母に届かなかった

そうであるならばしょうがない

今度ばかりは「さようなら」


24年間認知症の母親と向き合い

介護された 藤川幸之助氏の詩集より

お母様が亡くなられたときの詩を

掲載させていただきました


もう何年も前に藤川先生の

講演に行ってから

先生の詩集を読むようになりました

人の生き死にや

何気ない日常を詩にされています

お母様は60歳で認知症になり

そこからお父様と2人で介護され

8年後にお父様が亡くなってからは

1人でお母様を看てこられました



こんな大変な時期にも

仕事を続けてくださっている

医療関係の方 訪問看護師

訪問介護のヘルパー 保育士

スーパーの店員 物流関係の方

本当にありがとうございます


休める人は STAY HOME

家に居ましょう

頑張りましょう

命を守りましょう