2月です
今日は曇り空 夕方から雨になる模様です
なので私のポンコツな首と腰が
痛い 痛い 痛い 痛い 痛い![]()
そして 今日 何か飛んでます?
朝からくしゃみが止まりません![]()
絶対何か飛んでますね
3日はもう立春ですから
春が近いということです
昨年の今頃は
花粉の季節がきたというのに
何処にもマスクが売っていなくて
大騒ぎしていました
今年はマスクが店頭に並んでいて良かった
当たり前になってしまった
マスク生活ですが
娘の職場では
ウレタンや布のマスクは![]()
![]()
不織布マスクでないとウイルスは防げない・・・
ということで
ドラッグストアで大量に購入しないといけません![]()
職場からの支給もあるのですが
顔がめちゃめちゃ小さい娘は
普通のマスクでは
顔が全部隠れてしまうという
マスクマン
状態になるので
「このマスクは大きすぎるな」と
毎日支店長に聞こえるように
独り言を言っている・・・らしいです
いったいいつになったら
マスクなしで生活出来る日がくるのでしょうか![]()
いつまで待てばいいのでしょうか
「待つ」と言えば
ビリーヴの子どもたちは
ほとんどがマイペース
みんなが待っているから「急ごう」
などという気は全くないのです
例えば
おやつの時間に
テーブルと椅子をセットして
手を洗って座って待つ
これは決められたことなので
みんな言わなくても出来る動作です
が・・・
いつまでもランドセルを片付けずに
床に教科書やノートを出していたり
手を洗わずに喋り続けていたり
「みんな待ってるよ」と言っても
焦ることも急ぐこともせず
ゆっくりゆっくり動くのです
「辛抱強く待つ」 こと自体が
教育として大きな意味を内包していると思いますが
これが難しい![]()
今 私は「期待して待つ」人になりました
老人介護をしているときは
介護を通して
「期待して待つ」ことは「待たない」ことなんだと
いう考えに行きついたんです
ただ同じ速さで時間を共有すること
それが「待つ」ということではないかと・・・
そう考えていたのに
対象が老人から子どもに変わったら
また「待たない」人になってしまいました
私たちは常に時間に縛られており
社会で生きていくには
時間を守って動くことが必要です
子どもたちには
やっぱり言うべきなんでしょうか
「早く~急いで~みんな待ってるよ」
そんな声掛けが
やっぱり必要なんでしょうか
これは悩ましい![]()