昨日久しぶりに藤川幸之助先生の詩をSNSで拝見しました
私がまだ老人介護に携わっている頃
先生が加古川に講演に来られたことがあり
初めてお目にかかりました
想像通りの優しいお声と佇まいで
認知症のお母さまの介護をされた経験談をお話しされました
元 小学校教師で現在は詩人・児童文学作家
長年に渡る介護経験をもとに
命や認知症 介護といった題材で多くの詩を書かれています
そして全国で講演をされています
講演の中で先生はご自分の詩を朗読されるのですが
これがもう・・・泣けます![]()
誰もが必ず行く道「老い」や「死」
そして少子高齢化時代に避けては通れない「介護」
当時 身寄りがないお年寄りや
家族がいても独居生活をせざるを得ないお年寄りと
毎日関わることで
これからの親のことや自分の老後を愁いでおりました
そんな時にタイムリーで先生が加古川に来られたので
お話しを聴きに行きました
「扉」
認知症の母を
老人ホームに居れた
認知症の老人の中で
静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた
私が帰ろうとすると
何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ
そしてどこまでもどこまでも
私の後をついてきた
私がホームから帰ってしまうと
私が出て行った重い扉の前に
母はぴったりとくっついて
ずっとその扉を見つめているんだと聞いた
それでも
母を老人ホームに入れたまま
私は帰る
母にとっては重い重い扉を
私はひょいと開けて
また今日も帰る
『満月の夜、母を施設に置いて』より
これは「扉」という詩ですが
何回読んでも泣けます![]()
認知症だから何も分からない・・・ということはありません
だから決して「ボケてるから~」などと
話しを誤魔化して伝えたり 嘘をついたりしてはいけません
自分の記憶が少しずつ失われる怖さって
想像できますか
大切な人の名前や顔
自分が今まで生きてきて築いてきたものが
全てなくなる怖さです
記憶が全て消えてもその人が今まで成し遂げたことは
決してなくならない
久しぶりに先生の詩を拝見して
また朗読を聴きたくなりました
5月最終日は藤川先生の詩で締めくくりました
明日からは6月
梅雨入りも近づいてきました
体調を整えて頑張りましょう![]()