先週の台風![]()
の時のお話しです
ある児童(小学校高学年)のお母さまより・・・
日曜日の夜に「明日の学校の用意をしなさい」と
促したところ
「明日は台風で警報がでるかも・・・だのに・・・
なんで用意しないといけないの」と言った
「警報が出ないかもしれないでしょ 用意しておきなさい」と
再度促した すると
母親の声が聞こえないくらいの大声で泣き喚き
「用意なんかしない!」と
長時間「ワンワン」泣いて手がつけられなかった・・・
ということをお聞きしました
この児童に医師が出している診断名は
注意欠陥多動性障害と自閉症スペクトラム障害です
ビリーヴではイレギュラーな出来事に対しての対応が難しく
「なんでいつもと違うん?なんでなん?なんでなん?」と
こだわりが強いところがあり
納得するまでに時間がかかります
多動そのものは9歳前後に消失する・・・というほとんどの児童が
そうであるように この児童も気にはなりません
不注意は持続するかと思いますが適応障害に結び付くほど
問題にならないのではないでしょうか
しかし 年齢が上がるにつれ どうしても叱責過多になりがちで
その結果大人に対する反抗といった二次的問題が生じてきます
小さいうちは周りも大目に見ていたことも
大きくなると「いつまでも赤ちゃんみたいに!」となります
この児童も 実年齢はもう十分セルフコントロール
出来なければいけない年齢です
ただ発達年齢が追い付いていない![]()
お母さまもそこは十分にご承知です
しかしこんなことが続くと感情的になってしまうのです
叱責をなるべく減らし情緒的な不安を軽減することが大切で
極端に言うと「おだてまくる」これが一番効果的とか・・・![]()
努力すればそれなりに成果が挙がるという体験をすることが
障がいのあるなしに関わらず
すべての子どもたちには必要なことなのかと思います
そして・・・幼児期には障がい独自の問題に関して
それほど神経質にならなくても良いかと思いますが
学童期にはやはり自閉症には自閉症の
ADHDにはADHDの独自の特性に沿った療育が必要だと
感じています
そうでなければ教育そのものが成り立たなくなってしまいます
ビリーヴはオープンしてまだ2年余りの新しい放デイです
しかしこの2年で 子どもたちに関わる大人の責任が
いかに重大であるかということを痛感しています
家庭も学校も私たちのような機関も・・・
【小さい頃から自主性を重んじることが子どもの発達には良い】
という意見もありますが
ざっくりとした意味で「放置」なのではないかと・・・
特に発達の凸凹が大きい子どもが
自主性の名の下に「放置」されている状況はありがちです
(あくまでも私個人の意見です)
この情報化時代の中で
発達障がいに関する事柄は容易に知ることが出来ますが
本当に必要なことが果たしてきちんと伝わっているのか
十分に行きわたっているのか
そしてみんな症状は個人個人違うということ・・・
それに伴い対応も違ってくるということ・・・
当たり前のことですが
それが難しくもあります