※Facebook投稿記事を転載
令和以降、著名と呼ばれたり他者に与える影響力が大きい一部の人たちの投稿に対して、違和感を感じることが増えている。ㅤ
それは一見、とても良いことを言っているように見えるのだけれど、一歩引いてみると、この世の中に対して単に個人的感情を交えた恨み言を言っているように感じられるからだ。
ㅤ
それが悪いと言っているのではない。
あくまで私の個人観であって、だだ他意なくそう感じられるというだけのことだ。
ㅤㅤ
私だって世の中の流れに対して不満があったり、おかしいと思うことはある。
ㅤ
恐らく、これは私の特性なのだと思うのだけれど、
これまでの人生経験を通して
「世の乱れは必ずしも、見えていることだけで判断できるものではない」
つまり
「見えていることが全てではない」という考えが定着しているから
なのかもしれない。
ㅤ
誰が見ても明らかにおかしいし理不尽だと思えることであっても、それが続いているうちは「天(大いなる流れ)」から見れば、現時点では理に適っていることなのだろうと私は考えるからだ。
ㅤ
そもそもの話として、世の中の大きな流れを動かしている存在からすれば人間の考える範囲などちっぽけなものであるし、人間の偏狭な物差しで「正しいことを知っている」という考えで世の中のことを語るのは違うのではないか、と。
ㅤ
だからといって、理不尽に甘んじるということではない。
そうした観点を持ちつつ、私は私が考える未来のために自分が出来ることをするだけである。
ただそれだけなので、この世の流れに対して意見をすることはあっても不満を述べることはしない。
そして、こうした積み重ねを、これからも続けていくつもりだ。
いまの想いをそのまま綴ってみた、深夜のヒトリゴト。