宮城のお墓参りのあと何日も経たないうちに、義父から電話がありました。
義父にさえ話していなかったのに(話すと面倒なことになりそうで)、
お墓参りに行ったことが、伝わっていました。
田舎の口コミネットワークは、早いです。
義父も宮城の親戚の方々が、喜んでくれたのは言うまでもありません。
私の株も上がりました。
義父と主人とはかなり仲が悪く、私も苦手なタイプです。
私は、一度、義父の理不尽な物言いにぶちぎれて、
嫁の分際で大げんかをして絶縁状態になった時もありました。
男というだけで偉そうにして、女・子どもを見下げたような言動をし、
自分に都合が悪くなったら、大声で怒鳴って逃げるようなタイプの男性が、大嫌いです。
義父は、そんな風に私には見えていました。
しかし、そんなことなどなかったかのように、
それからしばしば電話をかけてきて、
優しく穏やかな物言いで、自分の昔話をするようになりました。
私は、戸籍で家系図をつくっていたので、
親族の名前や関係性が頭に入っていたからでしょう、
そして、宮城の地元にも行ったので、
義父の話が嘘みたいによくわかり、話を合わせることができました。
私に「聞く耳」ができたのかもしれません。
そして、あれだけ「先祖地祈り」に行くのを嫌がっていた主人がしばらくして、
ぼそっと「行ってよかった!」と言ってくれました。
山形のお墓参りをしてご先祖様を感じ、
自分はS家の孫ではなく、Ⅿ家の長男・一員であるという自覚が生まれたようでした。
豊かな山形の地で、穏やかで素敵な山形のⅯさんにお会いしたことで、
父親を許せていないまま、父親を飛び越えて(父親が気にならなくなって)
Ⅿ家の先祖から続く流れのライン上の、
自分のいるべき位置に納まったという感じでしょうか。
主人と義父との確執は、義父が家族を大事にしなかったことが原因のようでした。
特に、「母親を困らせた(苦しめた)悪い父親」。
「いつも怒鳴って、話を聞いてくれない父親」
「家族より、他人を大事にする」
義母は、いつも義父の愚痴や悪口を私たちに言っていました。
言っていることはその通りで、私も義母の言うとおりの人だと思いました。
しかし、それを、小さいころから主人が聞いて育ったのだとしたら、
父は不在、近くにいる母親の言葉が絶対の立場の子どもにとって、
それは洗脳にも似たことが行われていたのかもしれません。
私も、義父に直接会う前から、主人から義父のことを聞かされていたので、
そういう色眼鏡で見ていたのかもしれません。
今となり、義父の背景・性格・能力等がわかり、
そしてまた直接義父から話を聞いたことで、
なぜそういう言動・態度になったのかがわかるような気がします。
日本男性の悲哀を感じました。
子どもに夫の愚痴をこぼすのは、いけませんね。
母親の影響は、強すぎます。
だからこそ、そういうこと(愚痴・悪口など・ネガティブなこと)を、
話す・しゃべる・出す場所が必要なのだと思います。
「井戸端会議」のような場所。
主人は、まだまだ父親を許してはいませんでしたが、
私から見て、「地に足がついた」という感じがしました。
(画像お借りしました)
それからというもの、私たちにわかる形で、
ご先祖様のサポートを感じました。
小さいことから、大きなことまで。
特に、主人の仕事関係。
詳細は書けませんが、すぐに大ミラクルが起きました。
そして、人事においては、
番狂わせの昇進。
本人のがんばりもあるのでしょうが、
そればかりでは成しえないことが起こりました。
名字のご先祖様のサポートは、
男性に強く働くようです。
ちなみに、ご先祖様のサポートだと感じた時は、
いえ、いいことがあった時はいつも、
「ご先祖様、ありがとうございます」
と伝えます。
すると、またいいことが起こります。
「それくらいで感謝してくれるのかい。
では、もっとサポートしてやろう」
そんな言葉が聞こえそうです。
思い・エネルギーの世界。
とても不思議で楽しいです。
そして何より嬉しいのは、
主人が、私の言うことに耳を傾けるようになったこと。
穏やかに会話ができるようになりました。
そして、スピ系には懐疑的な主人ですが、
ご先祖様の思いもサポートも、
目に見えないけど存在することを、多少信じるようになりました。
つづく
