「先祖地祈り」とは、
自分が名乗っている名字のご先祖様が生活した土地、
戸籍や過去帳をたどって、遡れる限界の土地「先祖地」まで出向いて「お詫びと感謝の祈り」をすることだと認識しています。
お墓参り等も含めた大きなくくりの「先祖祈り」のひとつで、限定的に「先祖地祈り」と表現させていただきます。
「先祖地祈り」は、自分一人でもできる「先祖祈り」です。
ただそこにはルールがあって、
例えば、自分のご先祖様方にも序列があり、
「先祖地祈り」もその順番にしなければなりません。
つまり、一番最初は、自分が名乗っている名字のご先祖様からになります。
「正しい『先祖地祈り』をすると、先祖からの守りと絶大なサポート受けることができ、人生が変わる」
このことを、宮古島ヤビジツアー(2017)で、Aさんから教えていただきました。
「『神事(かみごと)』をするには、『先祖事(せんぞごと)』を終わらせてから」とも。
ご先祖様のサポートのない神事は、危険なこともあるとのことです。
ツアーが終わってから、
講座等で「先祖地祈り」のことを教えていただきました。
そして、自分の体験も踏まえて、書きとめておきたいと思います。
「先祖祈り」の基本は、
「命を与えてくださったすべての父母、
命を自分にまでつないでくださったすべてのご先祖様への『感謝』の心」。
先祖のルーツを調べて、先祖が暮らした土地に出向いて、
そこの神社やお寺で手を合わすとき、
生きるため、命をつなぐために、ご先祖様が必死で手を合わせた神仏に自然と感謝する。
その地に出向いてこそわかる、そこの気候風土や文化・慣習。
過酷な環境や状況を、その地の人々と助け合って耐え抜いたからこそ、
今ここに自分が存在させいていただいているのだという自覚と
ご先祖様へ感謝。
それに伴い、これまで知らなかった、知ろうとしなかった(無関心だった)ことへのお詫びの気持も、
おのずと現れます。
すると、
それまで、自分は孤独な「個」であるという意識だったのが、
いつの間にか、過去からつながる先祖の流れ・先祖ラインの上に、
自分を見つけることがでること。
(それが、ご先祖様とつながるスタートラインだと感じます)
特に、親との確執や関係性に問題(感謝できない)があるとき、
親を飛び越え、先にこの先祖ラインにつながれることで、
地に足がついた感覚、自分が存在する場所(位置?)を確認出来て安心できる。
(そこに、自分の存在意義・価値を感じることができます)
「『親に感謝できない人』は、
『自分が生かされていることにも感謝できない』」と言います。
「先祖(地)祈り」をすることで、親との関係性が改善する可能性は大きくなります。
すべては本人次第ですが。
「先祖(地)祈り」とは、
先祖のルーツを調べ(知り・学び)、先祖の土地に出向き、
そこの神社やお寺(わかればお墓)にて、
ご先祖に対してよからぬ思いを抱いている人たちの思いに対してのお詫び、
今までご先祖のことを学ぼうとしなかった「お詫びの祈り」をし、
ご先祖を支えてくれた土地の人たちや親戚・縁者、自分まで命をつないでくれたすべての人たちへのご縁に感謝、
ご先祖の命や暮らしを守ってくださった自然の神様・自然の恵み、土地の神様への「感謝の祈り」をすること。
それはまた、
「自分が生かされていることを心から感謝すること」の学びである。
※私がさせていただいた「先祖地祈り」の詳細・具体的な方法等は、AさんのHP・ブログにあります。
「先祖祈り」・「ご先祖祈り」・「一番簡単にできるご先祖祈りの方法」などのキーワードでお調べください。
Aさんの伝える「先祖祈り」の最も大切なものは、「思い」。
ご先祖様に対する本物の「感謝の思い」です。
ただし、「先祖祈り」ができるのは、その子孫のみ。
自分の先祖以外に関われるのは、その専門の方だけだそうです。
(2017.9.2)山形の先祖地にて「先祖祈り」をいたしました。
私一人で行うつもりでしたが、結局主人と二人で赴きました。
最初からスムーズに進んだわけではなく、
何度も迷い、挫折し、葛藤しながらでした。
そこには、ドラマがありました(笑)
その体験談も、整理と記録、そして、いつか子どもたちへ伝えたい思いから、順に書いておこうと思います。
久高島からの宇佐神宮に行こうと思ってたのですが、
なぜかこっちが先のようで、、、
あっ、お盆だから?と、気がつきました。
つづく
