車での移動の多かった旅でしたが、そこでマデさんと話したこと感じたこと(覚えていること)を書き留めておきます。
震災のあと、奥さんとバリ島に戻ってきたマデさん、日本の現状もよくご存じでした。
日本にいたころ、畑をしたくて市民農園に申し込んだそうですが、若いうえに外国人ということもあったのか、なかなか当たらなかったそうです。
そこで、近所のおじいさんたちに頼んで申し込んでもらったら、すぐに当たったそうです。
それを聞いたとき、代わりに申し込んでくれるほど、近所のおじいさんたちと仲良くしていたんだなと、ほのぼのした気持ちになりました。
人に頼らなくても生きていけるようになったからか、人に頼ることはいけないことだと思っているからか、近所付き合いが希薄になっていると感じていたからこそ、この話を聞いたときは、マデさんがバリ島でどのように育ってきたのかということにとても興味がわきました。
そして、マデさんに「生命力」を感じました。
聞くところによると、やはり共同体意識は強いようです。
親族そして地域組織、その結束は強く、寺院の祭事、結婚式、葬式など、いろいろなことが共同で行われるそうです。
お互いに助け合うことで安定した生活ができる反面、規則を破ったり秩序を乱したら大変なことになるそうです。
また、それに伴う出費もかなりの額になるそうです。
マデさんのお子さんの成長に伴う儀式にも、びっくりするお金がかかったと言っておられましたが、その儀式を辞退したり縮小することはできなくて、あたりまえのことであり必須だそうです。
そんな強制的ともいえる強い結束であっても、そんな環境の中で育ったら、人を信じることのできる人間に育つのかな?自分を信じることのできる人間に育つのかな?
人間として、とても安定感があるマデさんと数日ご一緒して、そんなことをふと考えました。
「日本人は、みんな忙しい。そしてみんな寂しい思いをしてる」
マデさんから見た日本の姿だそうです。
経済的にはとても豊かなのに、忙しすぎで自分のことで精いっぱいで、相手のことを思いやる余裕がないように見えるそうです。
「効率性を優先して、無駄を省きすぎている。無駄だと思われるもののなかにも豊かさがあるのに」と。
よく見ていらっしゃると思いました。
食事にしても、うちで作らなくても、コンビニ・スーパーで買うことができます。
モノによっては、手作りよりおいしいかもしれません。
でも、手作りの食事には「おいしくなあれ!」と願う、作り手の愛が入っています。
家族の健康を願う祈りが込められています。
見えないものだけど、味にも反映されないかもしれないけど、でもそれは絶対入っている。
マデさんと話していると、本当にそう思えるから不思議です。
バリ島にくる日本人で、なにか感じることはありますか?と聞きましたら、
「日本人はせっかく高級ホテルに泊まっているのに、夜遅く送り届けて、朝早く迎えに行くことが多くて、だったらこんないいホテル泊まらなくてもいいのにって」思うそうです。
「バリに来たのなら、ゆっくりのんびりしてほしい。それでこそバリらしい過ごし方」だそうです。
「ドキ!
でも、私は専業主婦なので、毎日がゆっくりのんびりなんです。だから、旅行に出た時ぐらい寝る間も惜しんでガンガン動きたくなってしまうんです。それで、ゆっくりのんびりしたい主人といつもケンカになってしまって…」と、言い訳をしながら、主人とのケンカの原因にやっと気づく私でした。
マデさん、苦笑い。
いろんなお話をしましたが、これくらいにしておきます。
そして、バリ島旅行から戻ってきた日に、主人の母親が入院して、翌日緊急手術。
旅行の日程を決めるとき、主人の休みの関係で出発は、10月19日か20日。
どっちにしようか?と聞かれたとき、一日でも早く行きたいと思って「19日」と即答。
結局、飛行機の空席が19日しかなかったので、19日出発の23日帰国になったのですが、20日出発の24日帰国になってたら、精神的にも肉体的にもきつかったと思います。
この日程だったから、入院した日にも、手術の日にも病院へ行けましたので、長男(そして長男の嫁)としての面目を保つことができました。
その後、義母の病気を通して、主人の家族関係の闇を見ることになりましたが、
バリ島でマデさんとじっくり話した内容は、私も主人も、このことを乗り越える大きな心の支えとなりました。
そして、何より、日程がうまくなってたことで、日ごろ「神様が‥」と言ってる私をうさんくさいと思っている主人が、「自分たちは運がいい(もしかしたら、かみさまいるのかな?くらいは)」と思ってくれていることは、嬉しいことです。