数日前、通勤電車の中で突然
身近な人に対して抱く不安や疑惑は、
相手の何かのせいではなく
自分の中にくすぶり始めた
小さな火種に対する
不安や疑惑だったんだ
ということに気付いて
息が詰まりました。
思い返せば、今まで私は
親・パートナー・子ども・大切な人
そんな人たちに対して
心の奥底に常に不安を抱えてきました。
私のことを
それほど愛していないのではないか
最後の最後になって
私の元から離れて行くのではないか
いつか、
私の存在よりも大切なものができて
私を捨てるのではないか
でも実際は、
それは相手が私にしてきたことではなく
逆に結果として
自分が大切な人に対してしてきたことでした。
愛する、ということから逃げたり、
最後の最後に逃げるように離れたり、
他のことに心が奪われて
そちらに夢中になったり。
今までは、
相手の中に
私を不安にさせる種があると思っていたので
どうしようもない無力感と諦め感と不安感で
いっぱいだったけど
すべてが自分の中にあったのだと気付いた今、
私はただ私自身の中に
「信頼する勇気」「愛する勇気」を
持てばいいのだということがわかりました。
いつから私は
両親を愛する気持ちを
封印してきたのでしょう。
いつから私は
子どもを愛する気持ちを
セーブしようとし始めたのでしょう。
今からでも十分間に合いますね
身近な人に対して抱く不安や疑惑は、
相手の何かのせいではなく
自分の中にくすぶり始めた
小さな火種に対する
不安や疑惑だったんだ
ということに気付いて
息が詰まりました。
思い返せば、今まで私は
親・パートナー・子ども・大切な人
そんな人たちに対して
心の奥底に常に不安を抱えてきました。
私のことを
それほど愛していないのではないか
最後の最後になって
私の元から離れて行くのではないか
いつか、
私の存在よりも大切なものができて
私を捨てるのではないか
でも実際は、
それは相手が私にしてきたことではなく
逆に結果として
自分が大切な人に対してしてきたことでした。
愛する、ということから逃げたり、
最後の最後に逃げるように離れたり、
他のことに心が奪われて
そちらに夢中になったり。
今までは、
相手の中に
私を不安にさせる種があると思っていたので
どうしようもない無力感と諦め感と不安感で
いっぱいだったけど
すべてが自分の中にあったのだと気付いた今、
私はただ私自身の中に
「信頼する勇気」「愛する勇気」を
持てばいいのだということがわかりました。
いつから私は
両親を愛する気持ちを
封印してきたのでしょう。
いつから私は
子どもを愛する気持ちを
セーブしようとし始めたのでしょう。
今からでも十分間に合いますね


医者になる