わがままカウンセラーの「おもしろき こともなき世を おもしろく」

わがままカウンセラーの「おもしろき こともなき世を おもしろく」

心理カウンセリングのお申込みや、講師・講演等のご依頼はホームページ⇒ http://bellcosmo.net をご覧ください。

フレフレ現象(Friend + Inflation)は、「友人と過ごすためのコストが上昇し、友情を維持することが経済的にきつい現象」を指す造語と言われている。

これには現代の効率主義コスパ重視、そしてインフレ等による生活費の上昇などが大きく関係しているが、それ以外にも友達付き合いは金がかかるという現代の問題が挙げられる。

一昔前は、例えば女性の場合は井戸端会議、男性は家に招いて安酒の飲み会というのがあったが、今はレストランでランチとか、家ではなく居酒屋での飲み会と交流の場を便利な場所に置くことにより、友人と過ごすための平均コストが高くなってしまった。

そうなると最近のインフレ下に置いては、その「高い交際費」が生活費を圧迫したり、何か他の欲求を我慢しなくてはならなくなることが増えてきた。

そこで本来は「利益(お金)」の繋がりではなかったはずの「友人」も、無意識のうちに「この人と会うためにこれだけのお金を使う価値があるのだろうか?」ってな感じで、人間関係をコストと報酬のバランスで捉えがちになってきても不思議ではない(「社会交換理論」では、人間関係をコストと報酬のバランスで捉える)。

そしてそれが精神的な疲弊となってくると、コスパを考え、優先順位に沿って人間関係の「損切り」が起きてくるわけだ。

 

ただこれが極端になると
「お金を節約するために引きこもることが増える」
  ↓
「孤独感が増し、暗くなる(メンタルの悪化)」
    ↓
「活力が減り、さらに人間関係が希薄になる」
という悪循環が生じることもある。

またそこまで行かなくても、「どこに行くか」とか「何を食べるか」とかで、お互いの懐事情を察し合うとかとか、コスパを意識することによってストレスが発生しやすい。

特に収入格差がある友人同士では、コンプレックスが生じたり、相手の懐事情に気を使いすぎたりして、却って関係に悪影響が出ることすらある。

 

じゃあどうすればいいのか?

 

これはまた今度ということで…。

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会のカウンセラー講座をバックアップしています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

 

 

前回の続き

 

ところで心理学的に考えると、「あなたを心配して言ってあげているのよ」という言葉も、「心配100%」か「批判100%」かではなく、心配20%+批判40%+自分を守りたい40%くらいかもしれない。

もしそういうケースだったとしたら、だから「今の発言はフレネミーか否か」と裁判のように判定すること自体、ひょっとしたらあまり意味がないこととなる。

「あなたを心配して言ってあげているのよ」で思い出したが、フレネミーに限らず、「こうあるべきだ」という「べき主義」が絡んで人間関係がややこしくなるということは、本当によくある。



そしてその「べき主義」と並んで、人間関係において問題が起こしやすい思考が完全主義であり、「白か黒か思考(2分化思考)」である。

そういうことも含めて考えると、フレネミーという曖昧なものを「自分の気持ちを気軽に言えるワード」として考えればいいとも言えるし、逆に言うと、だからこそ流行っているのかもしれない。

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会のカウンセラー講座をバックアップしています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

昨日の続き。

 

さて社会的レベルでは「プラスのやりとり」なのに、心理的レベルでは「マイナスのやりとり」という問題に関しては、変化球のやりとりが苦手な直球タイプの人ほど、この二重性を処理しにくく悩みやすくなるという問題がある。

さらに難しいのは、「学習」では解決しない場合もあることだ。

例えば「言葉をそのまま信じてはいけない」と学習すると、今度は「これも嫌味では?」「この『すごいね』も裏があるのでは?」と過剰に考えてしまう可能性がある。

つまり、言葉通り(表面)に受け取ると「騙されやすい」となるし、裏を読むことを覚えると「疑いすぎる」という別の問題が出てきてしまう。

「隠された本心を正確に見抜く能力」なんていうのはそんなに簡単に身に付く物ではない。 

それよりも「分からないものは分からないまま保留する」ことが大事なのだ。


「この人は私を褒めた。しかし、本当に好意的なのかはまだ分からない」で留めておく。

そしてフレネミーの場合、もっと有効なのは言葉より行動を見ることだ。

一度の「いつも元気だね(笑)」の真意を解読しようとするより、

こちらが成功したときはその話題を変える

とか、

失敗したときだけ妙に親切になる」、

また

秘密を話すとみんなに伝わる

とか

人前で自分を引き下げる発言が繰り返される

といった行動があるかどうかということである。


そうであればそれはもう、そもそも「友達」ではないのではないか。

 


例えば「あなたのためを思って言っているの」とかいうフレネミーとは、「妬み」という無意識にある思い、そこへ「上から」、つまりマウントを取りたいという欲求も絡み、なおかつそれを「優しい人」と見られたいという気持ちや「みんなに嫌われたくない」とかいう気持ちから発信したコミュニケーションの形なのだと考えて観察すれば、モヤモヤも減って来るのではないだろうか。

 

…というところで次回に続く。

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会のカウンセラー講座をバックアップしています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

 

友達なのに一緒にいると疲れる」とか、「やさしい言葉をかけられているんだけど、なんかマウントをとられているようでモヤモヤする」。

これがまさにフレネミーの典型的なパターンと言える。

さて、その「フレネミー」とは元々はFriend+Enemy(友達の顔をした敵)」という意味なのだが、それが広く使われるようになり、その言葉が共感を集めている背景には、SNS等のコミュニケーションスタイルの変化や、傷つけられたくない and 傷つける人と見られたくない」という心理からのアプローチの言語化が大きく関係している。

もっとも、そういう人間関係が新しく生まれたわけではなく、例えば「あなたって写真写りはいいよね」とか、褒めているようで実は悪口という話は昔からあったワケで、そういう或る意味複雑な人間関係に、使いやすい名前がついて大バズりしたとも言える。

確かに、褒めているようで微妙にこちらを下げてきたり、共感しているようでどこかマウントを取ってくる人は珍しくない。

言い換えると、表面上は友人なのに「競争心」や「嫉妬」、「敵意」などを含んでいる関係の人と言ってもいいだろう。

ただ、はっきりと「嫌なヤツ」とか「性格が悪い人」と言うほどでもなかったり、そこまで周囲に評判が悪い人でもない…。

そこで「この人、友達なのか敵なのか?」というアンビバレント(両価的)な関係そのものを「フレネミー」と名付けるとわかりやすいし、指摘もしやすい。

また昔なら、「あの人、なんか苦手だ」で終わっていたものが、その違和感を説明する「フレネミー」という言葉が出てきたことで、表せるようになったということなのだろう。

また「はっきり指摘すると浮く」ことへの恐怖もあるから、フレネミーという言葉は使いやすいのかもしれない。

 

…というところで次回に続く。

 

カウンセラー講座では自我状態を使って詳しく説明するので参加者の方はお楽しみに(あとA.フロムやリルケ、河合隼雄の考え方も組み込んでフレフレ(フレンドフレーション)現象との関係も含めてお話するつもりです)。

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会のカウンセラー講座をバックアップしています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

タイ国は経済の成長戦略として5つの「T」を考えているというニュースが今朝の日経新聞で掲載されていたがこれを読んでちょっと考えてみた。

 

タイは

1.「重点化(Target)限られた公的資源を戦略産業に集中投資する必要があり、一律的な支援からは脱却する。

2.移行(Transition)エネルギー安全保障と脱炭素化を両立するため、再生可能エネルギーなどを拡大

3.「変革(Transformation)」経済・産業構造そのものをデジタル時代に合わせて根本から変革

4.「透明性(Trsparency)」政策運営やガバナンスにおいて高い透明性を確保

5.「協働(Together)」政府(官)と民間企業(民)が緊密に連携する官民協働の推進、および近隣諸国や国際社会との開かれた地域連携を重視

(以上出典8月10日付日本経済新聞の記事に加筆)

だそうだが、これら5つのキーワードは「人を育てる」ことにとっても重要ではないか。

 

ということでとりあえず考えたのがこれ↓

 

Target 重点化

何でも伸ばそうとせず、その人の強み・関心・今必要な力に資源を集中する

 

Transition 移行

AI・人口減少・価値観の変化など、新しい環境へ適応できる力を育てる

 

Transformation 変革

知識や技能を追加するだけでなく、「学び方・働き方・自分のあり方」そのものが変わる

 

Transparency 透明性

評価基準、目的、意思決定を見えるようにし、本人が納得して参加できるようにする

 

Together 協働

「育てる人/育てられる人」ではなく、共に育つ関係をつくる

 

今日のカウンセラー講座では、これについてもう少し詳しく述べてみようと思っている。

 

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会のカウンセラー講座をバックアップしています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

 

 

このところ、ACEsについての記事をちょくちょく見かける。
7月23日の日経新聞にも載っていた。

「虐待や親との離別といった子どもの頃のつらい体験が成人後に与える影響について、社会課題とする認識が広がり始めた。心身の疾患や社会的孤立などに陥るリスクが顕著とされ、海外では対策が進む。

(中略)

 18歳までのこうした逆境体験は「ACE」と呼ばれる。Adverse Childhood Experiencesの略で、「逆境的小児期体験」などと訳される。
 虐待やネグレクト(育児放棄)、親との離別、家族の精神疾患など主に10項目に分類される。該当数が多いほど成人後の様々なリスクにつながりやすいとの研究結果が示されている。」
(以上 日本経済新聞より引用)

日経は「ACE」と書いているが、ACEsと呼んだ方が良い。

オリジナルの研究では、子ども時代の逆境を「虐待」「ネグレクト」「家庭内の機能不全」の3つのカテゴリー(計10項目)に分類している。

具体的な体験(18歳未満)としては、
虐待(身体的虐待、情緒的虐待、・性的虐待)
・ネグレクト(身体的、情緒的)
・家庭内の機能不全 (メンタルヘルス、物質依存、DV、家族の喪失・離別、犯罪)

という3枠10項目の質と量の調査及びその対策についてということだ。


「じゃあ、これってアダルト・チルドレンや愛着障害とどう違うの?」という疑問が出てきそうなのだが、それについて話すと長くなるので、ブログではここまで。

 

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会と共同でカウンセラー講座を開いています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

 

 

 

 

明日は日曜だけど、恒例のカウンセラー講座の研究発表会があるので、ほんとに久しぶりに名古屋高速を走って名古屋大学に行く。

この週末は地元一宮でも恒例の七夕祭りをやっているけど、今年も結局仕事に追われて行けそうにない(もっともこれだけ暑いと、行くと年寄りは却って体調を崩しそうな気もするが)。

仕事が押している上に、これも暑さのせいか年齢のせいか知らないが、ケアレスミスが多い為(昨日も法務局へ提出した書類にミスが有ったと連絡が来たのだが、僕は予定が詰まって動けない為玉田さんに頼んで行ってもらったぐすん)、ますます仕事が溜まっていくので困ったもんだ。
書類作成をAIに相談したら、却って手間取る方法を教えてくるし…。

おっかしいな~。
「悠々自適」の欠片もないぞ。大泣き

伊豆半島に引退する夢はどうなったんだ?

 

 

というわけで、今朝はKBC京都ラジオの「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」という番組の「ほっかほか今朝の聞くサプリ」というコーナーに出て、ネット・スマホ・ゲーム依存についてお話した。

やっぱ、いつも9時頃から仕事を始める身としては、朝7時15分は早いワ。

こうやって考えると、朝早くから話しておられるパーソナリティの人たちって大変やな~。準備とかもあるやろうし…。

僕なんかとても務まらん。

でもこの「準備」ということについて言うと、講演でも大学の講義でも、意外とこれに時間がかかるんだよね。

喋っている時間は短いから、時間あたりの報酬は高いように聞こえるけど、講演なんかはやれ資料作成とか打ち合わせとか、遠方だと往復の時間や待機時間を考えると人が思っているよりも時間を取られちゃう。

大学でも100人以上対象の講義だと、小テストの採点とかは講義で喋っている時間の何倍もかかってしまう。

でもみんなこんな感じで、水面下では一生懸命足を動かしている白鳥みたいな感じで、頑張っているんだろうね。

しかしこの喩えも、「白鳥」だからサマになっているんであって、水面下で一生懸命足を動かしている太ったアヒルとか言うと、あまり尊敬されない。



醜いアヒルの子が、大きくなったらガチョウになりましたとかいうと、それがどうしたんだという話になるんだよな。

 

 

Copyright(c) ベルコスモ・カウンセリング
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会と共同でカウンセラー講座を開いています(WEB講座もあります)。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm

 

 

 

 

 

今日は岐阜県郡上市で気温が40度に達し、今年4月に気象庁が命名して以降、全国初の「酷暑日」となったそうだ。

すごいなぁ。

しかしめでたくも何にもないぞ。

なんか日傘をさすというのは抵抗があった僕だが、今日仕事で役所に行った時に頭がくらくらしてきたので、もうカッコなんかつけてたらヤバイのかもしれん。アセアセ

しかし石油を「掘って掘って掘りまくれ」とか言っていたおっさんは、今度はミサイルを打って打って打ちまくれとか言っているのかもしれないが、後世から「地球を壊した張本人」とか言われるんじゃないか?

僕が住んでいるところは、天気予報だと明日から4~5日ほど最高気温が40度らしいので、急遽北陸に行く出張予定を早めて明日から行くことにした(退避だ退避!)。

ところで明々後日の金曜は、KBS京都ラジオにゲストで出て(と言っても電話でだが)、SNS依存について15分ほど喋ることになっている。

なんとそれが7時15分頃から…(はやっ!)。

電波が入ってなおかつその時間に起きている人がいたら、聴いてね。

 

 

 

ベルコスモ・カウンセリングはNPO日本次世代育成支援協会と共同でカウンセラー講座を開いています。↓

なんか知らんがめっちゃ忙しい。

暑いというのもあるが、さすがにバテてきた。

 

なんでこう、やらなきゃいかん仕事が多いんだろ…。

 

そう云えば「仕事」ということについて、先日亡くなられた美輪明宏さんは著書『乙女の教室』(集英社文庫)でこのように述べておられる。
---------------------
好きなことを好きなようにするのは趣味であり、仕事とは言いません。
仕事とは、自分に求められている責任を果たし、それに対して報酬を得ることを言います。
責任を果たすためには、ときには好きではないこともやらねばなりません。
場合によってはつらいこと、苦しいこと、みっともないこと、恥ずかしいことも、しなければなりません。

(中略)

 ですから、お給料とはガマン料なのです。楽な仕事など、この世にはありません。
--------------------------

う~~~ん、耳が痛い。

でもそうなんだよね。

 

結構、ノウハウ本とか心理の本なんかには、「仕事を好きになろう」なんて書いてあるのをよく見かけるけど、ぶっちゃけ美輪明宏さんのように「お給料とはガマン料なのです」と言われた方が、僕はすっきりする。

 

ただ、それにしたってその人の性格や特性に、合っているか合わないかという問題は大きい。

「楽な仕事など、この世にはない」のかもしれないけど、それでも苦労の大きさは、「合う・合わない」で随分違ってくる。

 

例えば
お金の為なら、人に頭を下げることなんか苦にならない」

という人もいれば

「とにかく人に頭を下げるのはめちゃくちゃ嫌」

という人もいる(「お金」の部分を「権力」とか「羨望を得る」に替えても構わない)。

 

だから、この言葉の中の「ときには好きではないこともやらねば」とか、「場合によってはつらいこと…」というところがポイントになってくるのではないだろうか。

 

つまり、マーカーの部分をいくら減らせるかが重要になってくる。

 

そっちを真剣に考える方が、「仕事を好きになる」よりは簡単に思えるのだが…。

 

 

Copyright(c)NPO日本次世代育成支援協会
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 

NPO日本次世代育成支援協会はカウンセラー講座を開いています。↓

詳しくはホームページをご覧ください。https://npo-jisedai.org/kouza.htm